医療法人の事業承継

法律コラム

医療法人の事業承継



弁護士 大髙 友一

弁護士 鍵谷 文子

弁護士 桑原 彰子

1 はじめに

事業承継とは、現経営者から後継者に「事業」そのものを「承継」する取組みです。後継者が安定した経営を行うためには、現経営者が培ってきたあらゆる経営資源、特に経営権(法人等の支配権など)と財産権(事業用の資産、知的財産など)を承継することが必要です。

事業承継の方法は、引き継ぐ先によって、親族内承継、従業員承継、M&Aに分類されますが、医療法人の事業承継においても、引き継ぐ先により相続等による親族内承継とM&Aなどの親族外承継の方法があることは、一般的な事業承継と変わりません。

しかし、医療法人の特殊性により一般的な事業承継とは異なる事前対策が重要になります。

 

2 医療法人制度の概要

⑴ 医療法人とは、病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設又は介護医療院を開設することを目的として、医療法の規定に基づき設立される社団又は財団をいいます(医療法(以下「法」といいます。)第39条)。

医療法人の基本的な区分として、社団たる医療法人(以下「社団医療法人」といいます。)と財団たる医療法人(以下「財団医療法人」といいます。)がありますが、令和5年3月31日時点で、全医療法人の約99.4%が社団医療法人となっています。1

このうち、社団医療法人は、出資持分の有無という観点から、持分の定めのある医療法人と持分の定めのない医療法人に分けられ、持分の定めのある医療法人には、出資額限度法人とそれ以外の類型があります。

平成19年の第5次医療法改正以降は、出資持分という概念がなくなり、平成19年4月1日以降に新たに持分の定めのある医療法人を設立することはできなくなりましたが、経過措置によってそれ以前に設立された持分の定めのある医療法人は、当分の間は存続することとなります。令和5年3月31日時点においても、社団医療法人全体の約64%が持分の定めのある医療法人です。2

また、公益性の高い医療法人として、社会医療法人や特定医療法人があり、これらの医療法人は財団、社団双方の形態がありますが、いずれも持分の定めのない医療法人です。

 

区分 出資持分  
社団医療法人 持分あり 出資額限度法人
その他の医療法人
持分なし 社会医療法人
特定医療法人
その他の医療法人
財団医療法人 持分なし 社会医療法人
特定医療法人
その他の医療法人

 

⑵ 通常の株式会社の場合、出資者である株主は、その持株数に応じて株主総会における議決権を有しています。そのため、後継者が株式の譲渡や相続により自社株式の過半数を取得できれば、当該後継者が株主総会決議における主導権を握ることができ、実質的に会社の経営権が後継者へ移転します。

一方、社団医療法人における出資持分とは、社団医療法人に出資した者が定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻し又は残余財産の分配を受ける権利3にすぎず、社員総会における議決権は含まれません。この社員総会の議決権は、社員とよばれる社団医療法人の構成員が有しています。

そのため、出資持分を後継者へ移転するだけでは社団医療法人の経営権まで承継されるわけではなく、出資持分の譲渡とは別に社員総会における議決権を有する社員の交代(被後継者の退社と後継者の入社)を行う必要があります。

 

(参考)社団医療法人の機関について

社員 医療法人の構成員であり、社員総会における議決権を一人一個有している(法46の3の3①)。株式会社における株主に相当するが、出資者でなくとも就任できる。

なお、社員の一般的資格喪失事由は、①除名、②死亡、③退社。

社員総会 社員によって構成される社団医療法人の最高意思決定機関。
理事・理事会 社員総会において3名以上の理事の選任が必要(法46の5①)。

理事会は、理事により構成される医療法人の業務執行機関。

原則として、医師又は歯科医師の理事のうちから1名を理事長として選出する(法46の6①)。

監事 医療法人の監査機関であり、社員総会において1名以上の監事の選任が必要(法46の5①)。

 

3 医療法人の事業承継

⑴ 医療法人の事業承継にはなぜ事前対策の検討が重要と言われるのか。

上述のとおり、事業の承継には、経営資源(経営権と財産権)の引継ぎが必要です。

このうち経営権の承継については、医療法人の理事長には原則として医師・歯科医師免許が求められるという問題があるほか、医療法人の社員の過半数の支持(出資持分の過半数ではない)を得なければならないという問題があります。

一方、財産権である出資持分の相続や譲渡による承継に関しては、出資持分の評価額の問題があります。医療法人は非営利法人であるため、医療法により剰余金の配当が禁止されており(法第54条)、剰余金が生じても出資者に配当することができません。その結果、剰余金が内部に留保され、医療法人の純資産が増加し、出資持分の評価額が高額になる傾向があります。

具体的には、前経営者の法定相続人が複数いる場合などには、出資者から出資持分を引き継ごうとする後継者が遺産分割において他の法定相続人に支払う代償金が高額になる可能性や遺留分侵害額請求への対応を検討する必要があります。また、相続税や贈与税の問題も考えておくことが必要です。

このような経営権と財産権の承継に伴うリスクをふまえ、医療法人の事業承継には、事前の対策を講じる必要があります。

 

【純資産が増えた場合の持分の評価額増加のイメージ】4

<持分の性質>

・当初の出資額の割合に応じて持分割合が決定する。

・残余財産・払戻しにおいては、その時点の法人資産を持分割合に応じて分配される。

 

 

⑵ 持分の定めのある社団医療法人の事業承継の方法

ア 出資持分及び社員の地位の譲渡

社団医療法人における出資持分は、法令や定款による制限があるものの、一身専属的なものではなく、譲渡や相続が認められています。

もっとも、上述のとおり、後継者が出資持分の譲渡を受けただけでは当然に社団医療法人における社員の地位を取得するわけではありません。社員総会における議決権を行使するためには、出資持分の譲渡と併せて、定款の定めに従い従来の社員を退社させ、後継者たる譲受人が社員として入社する手続を取る必要があります。

ただし、実際には、社員が出資持分を有していることがほとんどであるため、新社員と従前の社員との間で出資持分譲渡契約を締結した上で、後継者を新社員として入社させた上で同社員に対して持分の譲渡を行い、その後、従前の社員の退社手続を行うことが一般的です。

また、後継者が社員総会において理事長に選任されるよう、必要があれば、他の社員の交代についても検討する必要があります。

イ 出資持分の払戻し

後継者への出資持分の譲渡は行わずに、後継者を新社員として入社させた上で、従前の社員兼出資者の退社に伴う持分の払戻しを行う方法もあります。これには、後継者に持分買取資金の負担が生じないメリットがあります。

後継者が社員総会において理事長に選任されるよう、必要があれば、他の社員の交代についても検討する必要がある点は、出資持分の譲渡の場合と同様です。

なお、出資持分の譲渡と払戻しでは、税務上の取扱に注意が必要ですので、税理士とも連携して進めることが必要です。

⑶ 持分の定めのない社団医療法人の事業承継の方法

この場合は、出資持分がありませんので、社団医療法人の承継において、出資持分の譲渡や相続、払戻しなどを考慮する必要がありません。

他方で、経営権の承継のために、社員の交代が必要です。具体的な方法は、持分の定めのある社団医療法人と同様です。

なお、持分の定めのない医療法人の場合、前経営者に対して出資持分の譲渡対価などの形では承継対価を提供することができないため、実務上、前経営者の理事長退任時に退職慰労金を法人より支払うことにより承継対価とすることが一般的です。

 

4 事業承継の具体例

Q1:持分のある医療法人において、社員でもあり100%の出資持分を持つ理事長が亡くなったため、後継者が相続によりその持分を取得しようとする場合、どのような点に注意が必要ですか。

A:被相続人が有していた持分は、被相続人の死亡により具体的な金銭請求権である持分払戻請求権となり、それを後継者(相続人)が相続により取得することとなります。この解釈は、相続人がすでに当該医療法人の社員であった場合でも異なりません。

もっとも、払戻請求ができる具体的金額は、社員資格喪失時(=死亡時=相続発生時)の時価で計算されるため、医療法人としては金銭支払の財源準備を予め検討することが必要です。また、後継者の他に相続人が複数いる場合に持分を全て後継者において取得しようとするときには、他の相続人に対して(場合によっては高額の)代償金を支払うなどして相続人間のバランスを図り、その同意を得る必要があります。このようなことから、遺言等による事前の相続対策が必須となってきます。

なお、このような持分相続に伴う金銭負担の問題は、理事長などの役職に就いてない者が持分を有している場合にも生じるため留意が必要です。

 

Q2:医療法人の持分を、特定の後継者に生前贈与することはできますか。

A:定款で禁止されていなければ、持分を生前贈与することは可能です。ただし、将来の遺産分割において特別受益にあたりうることや遺留分侵害には留意が必要です。

生前贈与が特別受益にあたる場合、当該生前贈与を含めて遺産分割における具体的相続分や遺留分侵害の計算を行うことになりますが、特別受益の評価は、贈与時の価額ではなく、相続時の時価を用いて算定します。

そのため、後継者が取得した持分の評価がその後の経営努力によって贈与時よりも高額に計算され、支払うべき代償金額や遺留分侵害額が想定よりも高額になるリスクがあることに注意しましょう。

医療法人の事業承継

 

Q3:事業承継の準備のために、社団医療法人の社員を交代させる必要がありそうです。交代手続ではどのようなことに留意する必要がありますか。

A:後継者が社員に就任するためには、社員総会の承認が必要ですが、過半数の社員の支持が得られるのであれば大きな問題はありません。

一方、社員の資格喪失事由は、一般的に①除名、②死亡、③退社とされています。①の除名については、厚生労働省が示す定款例5でも「社員であって、社員たる義務を履行せず本社団の定款に違反し又は品位を傷つける行為のあった者は、社員総会の議決を経て除名することができる。」とされており、相当の理由が必要です。

医療法人の経営者としては、将来の理事や理事長の交代なども見越して、普段から社員と良好な関係を築いておくことが必要です6

 

 

1・2 厚生労働省「種類別医療法人数の年次推移」(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001113934.pdf)

3 平成18年医療法第84条附則第10条の3第3項第2号

4 厚生労働省「持分の定めのない医療法人への移行計画認定制度(認定医療法人制度)の概要」(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001016668.pdf)

5 厚生労働省「社団医療法人定款例(最終改正平成30年3月30日)」第15条第2項(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf)

6 本稿作成にあたり、脚注で引用したほか、東京弁護士会親和全期会編「Q&A各種法人の事業承継の実務」(新日本法規出版)を参照しました。