最近の労働判例の紹介
2018年8月 弁護士 黒栁 武史
この項では、最近の労働判例をピックアップして紹介いたします。今回は、定年後再雇用の嘱託社員(有期契約労働者)と正社員(無期契約労働者)の労働条件の相違が、労働契約法(以下、「法」といいます)20条に違反するかどうかが争点となった、最高裁平成30年6月1日判決(長澤運輸事件)を紹介いたします。
1.事案の概要
⑴ 本件は、運送事業を営むY社を定年退職後、同社に再雇用されたXらが、Xらと正社員との間に、法20条に違反する労働条件の相違があると主張して、Y社に対し、以下の請求を行なった事案です。
・ 正社員に関する就業規則等が適用される労働契約上の地位にあることの確認請求
・ 労働契約に基づく、上記就業規則等により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額及び遅延損害金請求
イ 予備的請求
・ 不法行為に基づく、上記差額に相当する額の損害賠償金及び遅延損害金請求
⑵ Xらは、定年退職前も後も、Y社においてバラセメントタンク車の乗務員として勤務しており、職務内容に変化はありませんでした。他方で、賃金等については、正社員と嘱託社員とで、概要以下のとおりの相違がありました。
・ 正社員には、基本給・能率給・職務給が支給される。他方、嘱託社員には、基本賃金・歩合給が支給される。
・ 当該変更に伴うXらの賃金の減額率は、約2%から12%である。
・ なお、嘱託社員については、老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されない期間、調整給として月額2万円が支給される。
イ 諸手当
・ 正社員には、①精勤手当、②住宅手当、③家族手当、④役付手当が支給される。他方、嘱託社員にはこれらの手当の支給はない。
・ また、正社員にも嘱託社員にも、⑤超勤手当(時間外手当)が支給されるが、時間外手当の算定の基礎となる賃金額は異なる。
ウ 賞与
正社員には、基本給の5ヶ月分の賞与が支給される。他方、嘱託社員には賞与の支給はない。
エ なお、Xらの正社員から嘱託社員への変更に伴う賃金全体(年収)の減額率は、2割程度である。
2.一審判決及び原判決について
⑴ 一審判決(東京地裁平成28年5月13日)について
一審判決は、概要以下のとおり判示し、Xらの主位的請求を認容しました。
イ 本件では、上記特段の事情は認められない。
ウ Xらの労働条件のうち、法20条に反し無効となる賃金の定めに関する部分には、Y社の正社員就業規則等の規定が適用されることになる。
⑵ 原判決(東京高裁平成28年11月2日)について
これに対し、原判決は、概要以下のとおり判示し、Xらの請求をいずれも棄却しました。
イ Y社が嘱託社員について正社員との賃金の差額を縮める努力をしたこと等からすれば、Xらの賃金が定年退職前より2割前後減額されたことをもって、直ちに不合理とはいえず、賃金の相違が法20条に違反するとはいえない。
3.本判決の概要
これに対し、本判決は、原判決のうち、精勤手当及び超勤手当に関する相違が法20条に違反しないとした部分は是認できないとして、原判決を破棄しました。
そして、精勤手当にかかる予備的請求を認容し、超勤手当に係る予備的請求については、損害の有無や額について審理を尽させるため、原審に差し戻しました。 本判決の概要は以下のとおりです。
⑴ 有期契約労働者が定年後再雇用者であることは、労働条件の相違が不合理と認められるか否かの判断において、法20条にいう「その他の事情」として考慮される。
⑵ 個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理かどうかを判断するに当たっては、両者の賃金総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきである。
イ 精勤手当について 嘱託社員と正社員との職務の内容が同一である以上、両者の間で、その皆勤を奨励する必要性に相違はなく、嘱託社員にこれを支給しないことは不合理である。
ウ 住宅手当、家族手当、及び役付手当について 各手当の趣旨、支給要件及び内容に照らせば、嘱託社員にこれらを支給しないことは不合理とは認められない。
エ 超勤手当について 嘱託社員に精勤手当を支給しないことは不合理であり、嘱託社員の時間外手当の計算の基礎に精勤手当が含まれないという相違は不合理であると認められる。
オ 賞与について 賞与は多様な趣旨を含み得ること、嘱託社員は定年退職にあたり退職金の支給を受けるほか、老齢厚生年金や調整給の支給を受けることが予定されていること、嘱託社員の賃金(年収)は定年退職前の79%程度となること等の事情を考慮すると、嘱託社員にこれらを支給しないことは不合理とは認められない。
4.本判決について
⑴ 本判決は、同日に出されたハマキョウレックス事件判決とともに、正社員と非正規社員の賃金格差の違法性(法20条違反)に関し、最高裁が初めて判断を示したものであり、大きく注目されました。
⑵ 本判決の枠組み
イ その上で、不合理性の判断にあたり考慮される事情は、「労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではない」と広く解し、定年後再雇用であることも考慮される事情になると判示しました。 この点は、職務内容等が同一であれば、賃金格差は原則として不合理であるとした一審判決の立場と、異なるといえます。
ウ また、不合理性の具体的な判断手法について、一審判決や原判決は、正社員と嘱託社員の賃金を全体的、総合的に比較して、不合理性の判断を行っています。 これに対し、本判決は個別の賃金項目ごとに、その趣旨や性質等を検討し、不合理性の判断を行っています。
エ 法20条違反の効果について、本判決は、同条の強行規定性(違反する部分は無効となる)を認めました。しかし、一審判決と異なり、無効となった部分について正社員就業規則等の規定を適用することは否定しました。 その結果、上記のとおり、正社員との差額賃金請求(主位的請求)は認めず、不法行為に基づく損害賠償請求(予備的請求)のみを認めました。
⑶ 本判決を受けた対応について
イ また本件は、嘱託社員の基本給等の減額割合は約2%から12%、賃金全体の減額割合は2割程度と、賃金の減額割合が比較的少ない事案であったといえます。ただ、本判決は、減額割合だけでなく、組合との団体交渉を経て調整給を支給することになった経緯など、その他の事情も考慮した上で、賃金減額の不合理性を否定しています。 これを踏まえれば、基本給や賃金全体の減額割合が比較的少ない場合であっても、労働者側と事前協議を行うなど、減額を正当化するその他の事情にも配慮することが望ましいと考えられます。また、多額の賃金減額を予定している場合は、不合理と評価される可能性が高まりますので、より慎重に検討を行なう必要があるといえます。
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