経済安保セキュリティ・クリアランス制度の導入について

法律コラム

経済安保セキュリティ・クリアランス制度の導入について



弁護士 堂山 健

 

先の国会で「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」(令和六年法律第二十七号、以下「重要経済安保情報保護法」または「法」)が成立し、経済安全保障分野にも、いわゆるセキュリティ・クリアランス制度が導入されることになりました。

 

1 セキュリティ・クリアランスとは

重要経済安保情報保護法の制定の基礎となった報告書(以下「最終とりまとめ」1)では、セキュリティ・クリアランス制度について、「国家における情報保全措置の一環として、政府が保有する安全保障上重要な情報として指定された情報・・・にアクセスする必要がある者(政府職員及び必要に応じ民間事業者等の従業者)に対して政府による調査を実施し、当該者の信頼性を確認した上でアクセスを認める制度」と説明しています。

イメージしにくいので例を挙げると、スパイ映画の書類によくTop SecretとかConfidentialなどの機密性の程度を示すスタンプが押してありますが、あのスタンプはセキュリティ・クリアランス制度の一端です。各個人が扱える機密性の程度を事前に評価して個人に資格として付与し、例えばTop Secretの書類は、それに対応する資格のある人しか見てはならないという仕組みが、セキュリティ・クリアランスの簡単な説明となります。

 

2 導入の背景

「最終とりまとめ」は、「安全保障の概念が、防衛や外交という伝統的な領域から経済・技術の分野に大きく拡大し、軍事技術・非軍事技術の境目も曖昧となっている中、国家安全保障のための情報に関する能力の強化は、一層重要になって」いるところ、特定秘密保護法では「経済安全保障に関する情報が必ずしも明示的に保全の対象となっていない」ことから、「セキュリティ・クリアランス制度に関する国としての必要性」があり、また、「同盟国等の政府調達等において、国際的に通用するセキュリティ・クリアランスの制度や国際的な枠組み」について、「企業からのニーズ」があることを導入の提言の背景としています。

 

3 適性評価のプロセス

重要経済安保情報保護法は、セキュリティ・クリアランス制度を「その者が重要経済安保情報の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないことについての評価(以下「適性評価」という。)」(法12条1項)として導入しています。すなわち、適性評価の“合格者”が、海外におけるセキュリティ・クリアランス保持者と同等ということになります。なお、法令上は、合格者は「重要経済安保情報の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者」(法12条1項1号イ)と呼称されています。

適性評価では、評価対象者について、次に掲げる事項についての調査を行うことになっています(法12条2項)

① 重要経済基盤毀損活動との関係に関する事項

② 犯罪及び懲戒の経歴に関する事項

③ 情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項

④ 薬物の濫用及び影響に関する事項

⑤ 精神疾患に関する事項

⑥ 飲酒についての節度に関する事項

⑦ 信用状態その他の経済的な状況に関する事項

この調査がどのようなものになるかは、国による今後の規程等の整備によるところですが、同様の仕組みを持つ、特定秘密保護法については、「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し統一的な運用を図るための基準」(以下「基準」2)が公表されています。その中に含まれているサンプルの「質問票(適性評価)」を見ると、例えば①については、評価対象者の家族について国籍を含む個人情報や対象者の過去10年の海外渡航歴などを回答させ、⑦については、借金や過去10年の差押えの有無などを回答させる内容になっています。

また、特定秘密保護法の適性評価の実施を担当する職員は、「上司や同僚などの知人その他の関係者に対し、面接等により、質問票に記載又は記録された事項についての疑問点を確認等するため」、評価対象者に関する質問を行うことがあり、また、「公務所や公私の団体」(例えば、医療機関、信用情報機関)に「照会して必要な事項」(例えば、評価対象者の「精神疾患の具体的症状や、借入れの状況」)の報告を求めることができるとされています(基準別添1参照)。

 

4 企業などの雇用者側の注意点

適性評価のプロセスは、本人の情報のみならず、家族の情報など、プライバシー侵害性の高い情報を収集するものとなっています。

適性評価では、評価を受ける者及び事業者には、評価の結果を通知することになっています(法13条)。ただし、特定秘密保護法における適性評価では、秘密を漏らすおそれがないと認められなかった場合における評価結果の理由及び調査によって判明した事柄は、事業者に通知しないこととされており(基準別添1参照)、その点は、重要経済安保情報保護法における適性評価でも同様になると予想されます。

また、「事業主は、重要経済安保情報の保護以外の目的のために、[結果の]通知の内容を自ら利用し、又は提供してはならない」(法16条2項)とされています。

 

 

 

1 経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議 、「最終とりまとめ」(令和6年1月 19 日)

2 「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し統一的な運用を図るための基準の策定について」(平成 26 年 10 月 14 日閣議決定 令和元年 12 月 10 日一部変更)