戦略的法務のススメ

法律コラム

戦略的法務のススメ



弁護士 大高 友一

1 はじめに

私はこれまで弁護士として25年近くいわゆる企業法務に携わってきました。関与させていただいてきたクライアントの皆様の業種は多種多様で、その規模も様々でしたが、その中で私が感じてきたことは、とりわけ中小企業の中で法務を戦略的に捉えているところはまだまだ少数で、このことが中小企業の経営における大きな課題の一つとなっているのではなかろうかということです。

本稿では、中小企業における戦略的法務の重要性を明らかにするとともに、戦略的法務における弁護士の役割について思うところを簡単に述べることといたします。

 

2 戦略的法務とは

伝統的にいえば、中小企業法務における弁護士の最も重要な役割は、企業において生じた紛争やトラブルの解決にあると考えられてきたのではないでしょうか。医療でいえば病気になってから医者にかかるようなもので、いわば臨床法務とでもいえるかと思います。

いうまでもなく、紛争やトラブルが生じたときにすぐに相談や依頼ができる弁護士がいることは中小企業経営者の方々にとっても大きな安心となることは間違いありません。しかし、一旦、紛争やトラブルが起きてしまえば、その解決のためにとれる手段には一定の制約が生じますし、解決のために必要となるコスト(金銭的、人的、時間的)も無視ができなくなってきます。それゆえ、弁護士の立場から見ると、そもそも紛争やトラブルが生じないに越したことはなく、契約書における不利な点や曖昧な点を指摘したり、社内のコンプライアンス体制整備をサポートしたりといったいわゆる予防的法務も臨床法務に勝るとも劣らない重要性があると考えているところです。

この臨床法務と予防的法務は、今も昔も中小企業法務における二本柱であって、AIの進歩によりその在り方は少しずつ変化していくかもしれませんが、その重要性自体は今後も減じることはないと思われます。そして、近時、この二本柱と並んで重要視されてきているのが戦略的法務ではないかと思います。

この戦略的法務はすでに様々な専門家によって論じられているものの、必ずしもその内容につき明確な定義がなされているわけではありません。ただ、一般的には「法的知見や判断を経営戦略等に積極的に活かすこと」と理解されているように思われます。この戦略的法務の考え方は、予防的法務と近い面を持っていますが、予防的法務がどちらかというと法的リスクを回避するためのいわばネガティブチェックといえるのに対して、戦略的法務ではここから一歩進んで法的リスクを踏まえた最善の経営判断ができるよう、法律専門家の立場から積極的に法的知見を提供していく、そして経営者にその知見を経営判断に利用していただくという、ある種の視点の違いがあるのではないかと考えています。

具体的にいうと、例えば、ある契約に法的な観点からのリスクがあるとして、そのリスクを指摘するだけでなく、そのリスクはその契約から得られるベネフィットと比較して受け入れ可能な程度のものなのか、リスク回避手段の有無など、その契約を締結するか否かの判断にあたって有益となりうる法的な側面からの判断材料を提供しようとする(経営者の側から見れば、判断材料を得ようとする)のが戦略的法務の視点ということができるでしょうか。

 

3 我が国の中小企業法務における戦略的法務

企業経営者がある1つの経営判断をするにあたり、他の判断要素に加えて戦略的法務の視点を持っていただければ、その経営判断によって得られるベネフィットと同時に生じる法的リスクを適切に比較し、より望ましい経営判断に近づくことができるはずです。

しかしながら、とりわけ我が国の中小企業において、経営者の方々の中にそのような戦略的法務の視点が浸透しているとは必ずしも言えないようにも感じられます。いや、正確に言えば、すでに戦略的法務の視点をもって経営にあたっている経営者の方々も少なくはありません。しかし、一方でそのような視点を全く持っていない経営者の方もいらっしゃって、その格差が開きつつある状況と言っても良いのかもしれません。

実際、私がこれまでスポットで対応させていただいた案件の中には、もう少し早めにご相談にお越しいただいていれば、深刻な状況に至ることはなく、より軽いコストでの解決が可能であったのではないかと感じられることも珍しいことではありません。本来、中小企業はバーゲニングパワーの点から取引上不利な立場とならざるを得ないことも多いところです。それだけに、むしろ大企業よりも、強く戦略的法務の意識を持っていただく必要があるではないかと感じるところです。

とはいえ、法務は専門性が高く、通常のビジネスの中で経営者の方々が戦略的法務の視点を自然に身につけていただくことはなかなか難しい面もあろうかと思います。それだけに、弁護士をはじめとする法律専門職コンサルタントが中小企業の戦略的法務において果たすべき役割は極めて大きく、重要なものがあるのではないかと常々考えております。弊所においても、そのような企業経営者の方々からのニーズに迅速かつ適切にお応えできるよう、日々、各弁護士が研鑽と経験を積み重ねてまいります。