知的財産関連の業務 営業秘密の保護の強化-不正競争防止法の改正-
弁護士 鍵谷 文子
企業にとって、磨き上げてきた技術や長年にわたって蓄積してきた顧客などに関する情報は、非常に重要です。例えば、新たに特許を取得できるような技術であっても、戦略的に、特許を取得せずにあえて企業内部にとどめておくことすらあります。
他方で、このような重要な情報を営業秘密として大切に管理しているにもかかわらず、第三者に不正に取得・使用されたり開示されたりするケースがあります。この数年、営業秘密の漏えい事案は後を絶たず、その規模も拡大しています。
このような事態をふまえ、平成27年7月、不正競争防止法が改正され、平成28年1月1日から施行されています。改正法では、民事・刑事の両面から営業秘密の保護が強化されています。主な改正点は以下のとおりです。
1 不正取得・開示された営業秘密であることを知って取得した場合の処罰範囲の拡大(法第21条第1項第8号)
営業秘密が不正に取得・開示された場合、その情報は、最初の取得者から2次取得者へ、2次取得者から3次取得者へ、さらには3次取得者から4次取得者へと流通し、次々と不正に開示・使用されていくことがあります。
このような営業秘密の流通について、旧法では、2次取得者の不正開示・使用行為のみが処罰の対象となっており、3次取得者以降の者の行為は、処罰の対象となっていませんでした。
改正法では、不正に取得・開示された営業秘密であることを知って取得した場合、2次取得者に限らず、3次取得者以降の者であっても、その情報を不正に使用・開示すれば、処罰されることとなりました。
2 国外での営業秘密の不正取得についての処罰範囲の拡大(法第21条第6項)
旧法では、営業秘密の不正取得行為が処罰の対象となるのは、当該営業秘密が日本国内で管理されている場合とされていました。
しかし、昨今、営業秘密を含む様々なデータをクラウドに保存することが増えています。クラウド上に保存されたデータの多くは、海外に置かれたサーバーで管理されていますので、旧法のもとでは、クラウドに保存していた営業秘密(=海外サーバーで管理された営業秘密)が不正取得された場合などには、処罰の対象となるのかどうかが明確ではありませんでした。
そこで、改正法では、日本国内で事業を行う者の営業秘密であれば、不正取得した場合には処罰の対象となることが規定され、海外サーバーで管理されている営業秘密なども対象となることが明確になりました。
3 罰金刑の上限額の引上げ等(法第21条第1項、第3項、第10項から第12項)
営業秘密の侵害を抑止して、営業秘密の保護を強化するため、罰金刑の上限額が引き上げられました。
個人の行為については、改正法で罰金刑の上限額が1000万円から2000万円となりました(懲役刑の場合は、上限10年で変更なし)。一方、法人については、3億円が罰金刑の上限額でしたが、5億円まで引き上げられました。さらに、海外で使用する目的で営業秘密を不正取得したケースなどには、個人は3000万円、法人は10億円が上限額になります。
これに加えて、営業秘密の侵害者が侵害行為によって莫大な収益を得るケースも存在することから、改正法では、そのような収益を、上限なく没収することができる規定も導入されました。
4 侵害品の譲渡・輸出入等の規制(法第2条第1項第10号、第21条第1項9号)
改正法では、他人の営業秘密を不正に使用して生産された物(営業秘密侵害品)の譲渡や輸出入等の禁止が新たに規定されました。禁止規定に違反して譲渡や輸出入を行った場合、民事上の損害賠償請求や差止請求の対象となるほか、刑事処罰の対象にもなります。
5 損害賠償請求等の容易化(立証責任の軽減)(法第5条の2)
営業秘密を侵害された会社(原告)が、侵害した者(被告)に対して裁判で損害賠償等を求める場合、旧法のもとでは、民事訴訟法上の原則にしたがって、侵害された側(原告)が、「自社の営業秘密を不正に使用されたこと」を立証しなければなりませんでした。
しかし、実際には、侵害された側(原告)が不正使用の事実を立証することは難しく、不公平が生じていました。
そこで、改正法では、営業秘密の不正使用の事実を推定する規定を新たに作り、侵害した者(被告)の側において、「営業秘密を不正使用していないこと」を立証しなければならないこととなりました。これにより、侵害された側(原告)の立証責任が軽減され、損害賠償請求等のハードルが下がるものと考えられます。
6 以上のほかにも、営業秘密の侵害行為について未遂であっても処罰されることになったこと、告訴が不要となったこと(非親告罪)、民事上の請求に関して除斥期間が延長されたことなど、営業秘密を保護する方向の改正点があります。
このように、企業の大切な営業秘密が従前よりも手厚く保護されることになりました。ただし、不正競争防止法によって保護されるのは、情報を営業秘密として適切に管理している場合に限られます。各企業において、十分な情報の管理体制を組むことが必要です。