後継者不在の場合の事業承継について

法律コラム

後継者不在の場合の事業承継について



弁護士 大髙 友一

 

1 はじめに

2020年中小企業白書によりますと、我が国における企業数は年々減少傾向にありますが、とりわけ中小企業・小規模事業者の減少が目立つ状況にあります。2014年から2016年の2年間でも、中小企業・小規模事業者は、380万9000者から357万8000者へと6%の減少を見せています。

 

中小企業や小規模事業者は地域経済を支える大きな柱の一つですので、これらの中小企業等のさらなる衰退は地域経済の疲弊に直結するものとなります。しかし、経営者が60歳代の中小企業でも、その約半数ではそもそも後継者がいないという現状があります。もし、このまま後継者未定の中小企業等が廃業に追い込まれた場合、2025年までに650万人の雇用と22兆円ものGDPが失われるという推計もあります。また、廃業により中小企業だけにある貴重な技術やノウハウが失われてしまうおそれもあります。

 

このため、優良な中小企業の円滑な事業承継をはかり、さらなる成長の促進をはかることは、日本経済の持続的発展及び地域活性化の観点から極めて重要な課題となってきています。本稿では、この事業承継の代表的なパターンをご紹介しつつ、後継者不在の場合の事業承継について少し考えてみたいと思います。

 

2 事業承継の代表的なパターン

事業承継とは、「現経営者から後継者に“事業”のバトンタッチを行うこと」です。単に、事業用の「資産」を引き継ぐだけでなく、「ヒト(従業員)」や「目に見えにくい経営資源(知的財産権や技術・ノウハウ、取引先等ののれん)」を一体として後継者に引き継ぐことを言います。この三つの要素は事業を行っていく上でいずれも必要不可欠なものであり、これらを円滑に引き継ぐことが事業承継を成功させるために重要となります。

 

この事業承継は、引き継ぐ先によって、親族内承継、従業員承継、M&A(社外への引継ぎ)に分類されます。

 

( 1 )親族内承継

現経営者の子をはじめとした親族に事業を承継するものです。

 

メリットとしては、親族を後継者とすると一般的に社内外の関係者から心情面より受け入れられやすいことや、長期間の準備期間の確保がしやすい、相続等による財産・株式の後継者移転が可能といった背景から所有と経営の一体的な承継が期待できるということなどがあります。

 

一方、親族内に経営能力と意欲のある者がいるとは限らないということや、相続人が複数いる場合、後継者の決定でもめたり、相続のルールから経営権を後継者に集中させることが困難な場合もあるというデメリットもあります。

 

( 2 )従業員承継

「親族以外」の従業員に事業を承継するものです。

 

この従業員承継には、経営能力のある人材を見極めて承継することができ、長期間働いてきた従業員であれば経営方針等の一貫性も期待できるというメリットがあります。

 

一方、後継者候補に株式取得等のための資金が必要となることや、経営者保証の引継が承継にあたっての障害となりやすいというデメリットもあります。

 

( 3 )社外の第三者への承継

社外の第三者(企業や創業希望者等)へ株式譲渡や事業譲渡により事業を承継するものです。

 

この社外の第三者への承継のメリットとしては、親族や社内に適任者がいない場合でも広く候補者を求めることができるほか、経営状態が一定以上であれば現経営者において事業売却による利益を得ることもできるということがあります。

 

一方、希望の条件を満たす事業の買い手が自然に現れるというようなことはほとんどなく、また希望どおりの条件で事業が譲渡できるとは限らないというデメリットもあります。

 

3 後継者不在の場合の事業承継

中小企業の事業承継においては、いまでも親族内承継が大半を占めています。2021年中小企業白書によれば、後継者が決まっている企業のうち約67%は親族内承継を予定しています。しかし、親族内や社内に後継者候補がいない場合、廃業を選択される経営者の方も少なくありませんが、このような場合であっても必ずしも事業継続を諦める必要はありません。前記の事業承継パターン(3)で紹介した社外の第三者に引き継ぐという選択肢があるからです。

 

新規事業展開等を目指す企業や創業を希望する個人にとって、既存の事業基盤や技術は非常に貴重です。親族内や社内に後継者候補がいない場合でも、M&A(株式や事業の譲渡)により、こうした他の事業者や個人に事業を引き継ぐことができる場合は少なくありません。

 

(中小企業庁ホームページより)

 

このようなM&Aは、大企業やベンチャー企業が事業拡大や企業再編等のために取り組むもので、普通の中小企業には縁のないものと思われるかもしれません。しかし、M&Aに取り組む中小企業は右肩上がりで増加しています。足下では年間3~4千件程度の成約があるとの推計もあります。実際、中小企業M&A仲介大手3社と公的機関である「事業承継・引継ぎ支援センター」が取り扱った中小企業M&Aの件数は、2013年から2020年の8年間で10倍近くに増えています。

 

もちろん、事業承継パターン(3)でも指摘したとおり、希望の条件を満たす事業の買い手が自然に目の前に現れるというようなことはほとんどありません。第三者への事業承継を望むのであれば、弁護士・税理士等の専門家の協力を仰ぎつつ、仲介業者や「事業承継・引継ぎ支援センター」なども活用することによって、自ら積極的に買い手を見つけていく必要があります。しかし、それなりの期間にわたって事業を維持されてきた企業であれば、それだけ社会からも必要とされてきた事業ということですから、買い手が見つかる可能性は十分にあるといって良いでしょう。

 

さて、ここで重要となってくるのは、もし後継者候補が親族内や社内にいない状況なのであればあるほど、なお一層、早い段階から事業承継対策に意識して取り組む必要があるということです。事業承継は、承継をしたいと思っても、すぐに実現ができるものではありません。円滑な事業承継の実現のためには、会社の現状を正確に把握するとともに、将来の見通しを明確にしつつ、中長期的な計画のもとに事業承継という経営課題に取り組むことが求められます。そして、そのような取り組みの中で、次第にあるべき事業承継の姿も見えてくるものです。

 

また、このような取り組みにあたっては法務や税務等の専門的な知見の活用も必要になってきます。もし、事業承継に少しでも不安を感じておられる経営者の方がおられるのであれば、ぜひとも事業承継サポートの経験が豊富な弁護士・税理士等の専門家への早めのご相談をお勧めいたします。