相続あれこれ

法律コラム

相続あれこれ



弁護士 大髙 友一

1.相続は「争族」?

裁判所は毎年司法統計というものを公表しており、ある年にどのような事件が何件くらい裁判所に持ち込まれたかということがわかるようになっています。この司法統計によると、遺産分割調停の申立件数は昭和24年には853件に過ぎなかったものが、平成30年には1万3739件となっています。この間の人口増加を考慮に入れても相当増加していることがわかります。

また、相続事件は一旦争いになると解決までに時間がかかる傾向があります。実際、裁判所の統計でも一般の民事事件よりも解決に要する平均的な期間が2~3割ほど長いことが明らかとなっています。

 

2.相続争いがなぜ増えているのか

では、なぜ相続争いが増えているのでしょうか。

なかなか分析の難しい問題ではありますが、個人的には以下のような要因が考えられるのではないかと思っています。

(1)均等相続の限界

わが国の相続制度は、第二次世界大戦後の新憲法施行前と施行後で大きく変りました。戦前の相続制度は、「家」制度を前提とした家督相続制といって、戸主(基本的には長男)が全ての財産を相続するのが基本でした。新憲法施行後は、このような家督相続制は廃止され、配偶者を除く相続人は原則として均等に相続権を有するという制度に変わりました。

戦前の家督相続制はあまりにも不平等で問題も多かったわけですが、だからといって現在の均等相続が万能というわけではありません。法定相続人というだけで、一律に相続分を認めるということは、ときに実質的不平等をもたらします。

例えば、相続人の中の一人が被相続人(亡くなった方)の財産形成に非常に貢献したような場合でも、寄与分制度という調整規定はあるものの、その貢献をした相続人の思いを具体的な相続割合に完全に反映させることは必ずしも容易ではないのが実情です。

この実質的不平等が相続争いの原因の一つになります。

(2)権利意識の高まり

もう一つあげられるのは、権利意識の高まりです。新憲法施行後、相続制度が大きく変ったわけですが、もちろん、人びとの意識がそれほどすぐに変わるわけではありません。現行の相続制度になった後も、実質的に家督相続制に準じた遺産分割がなされることも多く見られました。つまり、長男が全ての遺産を相続し、他の相続人は相続分を主張しないという遺産分割です。

しかし、戦後70年以上を経て、徐々に均等相続の意識が人びとの間に浸透してきました。その結果、長男以外の者が自己の相続分を主張することに抵抗は薄れてきています。その一方で、例えば、今でも「長男は親と同居すべき」と考える人は決して少なくはなく、扶養義務などの面では「家」意識が根強く残っている面もあります。

こういった権利意識の高まりと「家」意識とのズレも相続争いの原因となってきます。

 

3.相続争いの起きやすい場面

さて、一般に相続争いは資産家の家族で生じるものであって、庶民には関係ないかのように思われるかもしれません。しかし、残念ながら、相続争いというものは、財産額の大小にかかわらず起きるもので、むしろ財産額の少ない場合にこそ相続争いは起きやすいと申し上げても過言ではありません。実際、平成24年という少し古い裁判所の統計にはなりますが、裁判所に持ち込まれた遺産分割事件のうち約75%は遺産額が5000万円以下で、1000万円以下の事件も全体の3分の1近くあるのです。

それでは、どのような時に相続争いが起きやすいのでしょうか。典型的な場面をいくつかご紹介いたします。

(1)遺産の内容に問題がある場合

例えば、Xさんという方が亡くなり、遺産としてはご自宅(評価額4000万円、ローン残なし)と預金(400万円)があったとします。相続人は、奥さんと二人の子供。二人の子供はいずれも成人して家を出て、自宅にはXさんと奥さんで住んでいました。奥さんは、ご主人と長年住んだ家ですので、このまま自宅に住み続けることを希望していました。長男の方は、そんな母親の気持を汲んで、特に遺産を分けてもらう必要はないと思ってくれているようですが、どうも次男の方は最近自分の事業がうまくいっていないようで、お金がどうしても必要なような雰囲気です。

すると案の定、次男は法定相続分どおりの遺産分配を要求してきました。法定相続分どおり分けるとなると、次男には1100万円相当の遺産を分けることになります。しかし、Xさん名義の預金は400万円しかありませんから、奥さんと長男に手持ちの資金がなければ、自宅を売却するなりしないと次男の要求に応じることはできません。長男は次男にお母さんのことを考えろと諭しますが、次男の方は全く聞く耳を持たず、とうとう調停を申し立てると言いだしました。兄弟は大げんか。母親はその兄弟の側で泣いています。

とまあ、こんな話をいたしますと、相続争いが決して他人事では無いということがおわかり頂けるのではないでしょうか。この事例の一番の問題は、次男が母親の希望を無視して自分の相続分に固執したことではなく、遺産の大半が分割することが難しい財産(自宅)であったことにあります。現在の相続制度の下では次男のような要求は決して予想できないものではありませんから、前もってXさんの方で、遺言を書くとか、生前から預金を増やしておくとか、生命保険をかけておくとかしておけば、争いを防ぐことは十分にできたのです。

(2)人に問題がある場合

先ほどの例でも次男にお金が必要な事情があったことも争いの一つの原因になっていましたが、このように相続人の個人的な問題に起因して相続争いが起ることもめずらしくありません。先ほどの例以外にも、被相続人の生前は久しく疎遠にしていた相続人が、被相続人が亡くなった途端に帰ってきて、自己の権利を主張し出す場合なども、相続争いが生じやすい場合となります。

また、特定の相続人が被相続人の財産形成に貢献した場合とか、被相続人の介護を特定の相続人(もしくはその配偶者)が行っていた場合のように、相続人固有の事情のために法定相続分を超える権利の主張がなされる場合も争いになりやすい面があります。「貢献」とか「介護」といった事柄は目に見えない側面もあり、そもそも評価が難しい部分があるため、相続人の間でその評価が分れてしまうことも少なくなく、このことが争いの解決を難しくします。

さらには、相続人自身には問題がない場合でも、争いになってしまうこともあります。典型的なのは、相続人の配偶者が強力な発言権を持っているような場合です。本来の相続人でない人がいろいろと主張をしてくるものですから、他の相続人からすると受け入れがたいということも往々にして出てくるわけです。

(3)被相続人に問題がある場合

被相続人が原因となって相続争いとなることもあります。

典型的なのは、被相続人が残した遺言の内容に問題があるケースです。特定の相続人だけに財産の大半を相続させるとか、愛人に遺贈するとか、相続人が予期しないような内容の遺言ですと、相続争いとなってしまう可能性は否定できません。

また、被相続人が、生前、相続人ごとに違う内容の話をしていると、それが原因となって相続争いとなることもあります。例えば、先ほどの被相続人の介護を特定の相続人(もしくはその配偶者)が行っていた場合ですが、被相続人が介護をしてもらっている相続人に対して感謝の言葉をかける一方、別の相続人が見舞いに来たときにこっそり介護への不満を漏したりなどしていたら、死後、きちんと介護をしていたのかどうかで大揉めになることは大いに予想できます。このようなケースなどでは、被相続人が相続争いの種を蒔いたようなものです。

 

4.相続争いの解決の難しさ

相続争いの解決の難しさは、お互いの「これだけもらえてしかるべきだ」という常識が衝突しあうところにあります。お互いに、理屈以前の問題として「自分が正当」と思っていますから、一旦衝突すると、折り合いを付けるのが難しいのです。

さらに難しいことに、相続争いでは、最終的に、お互いの相続分という形で「勝ち負け」が目に見えてはっきりしますので、このことが一層解決を困難にします。

一度、衝突してしまった後で相手に譲歩することは、自分の常識の否定、さらには人格の否定にすら感じられてしまうことが往々にしてあるのです。

このため、相続争いでは、お互いの間をとった解決が困難となってしまい、最終的には裁判所に判断をしてもらうしかないケースも少なくありません。そして、その裁判所の判断は、多くの場合、双方に不満を残すものとなります。

 

5.相続争いを防ぐには

こういった相続争いをできる限り防ぐためには、常々、言われていることではありますが、遺言書を残しておくことが有効な方法の一つとなります。特に、特定の相続人に多めに遺産を相続させたいとか特定の財産を相続させたいというような場合には、遺言書を書いておくだけで、相続争いをかなり防ぐことができます。

もっとも、遺言書の残し方を間違えると、遺言書がかえって相続争いの種になってしまうこともあります。先ほど申し上げた、被相続人が残した遺言の内容に問題があるようなケースです。これでは、何のために遺言書を残しておいたのか、ということにもなりかねません。

また、遺産の内容に問題があるようなケースでは、遺言書を残しておくだけでなく、遺産を分けやすくするため、生命保険に加入して万一の時には一定の現金が相続人の手元に残るようにしておくことも検討しておくことが必要となってきます。

このように、相続争いを防ぐためにどのような方法がベストであるかは、まさしくケースバイケースであり、法務、税務などの様々な観点からの検討が必要となります。そして、何らかの対策が必要となる場合には、早め早めに対応することが肝要となります。例えば、遺言書一つとっても、認知症などにより判断能力が低下してしまったら、もう作成することができなくなってしまうからです。

とはいえ、こういった話をお子さんなどの方から持ち出すことはなかなか難しい面もありますから、そろそろこういったことも考えないといけないなと少しでも感じられた時は、是非一度、弁護士などの専門家にご相談されてはいかがでしょうか。