残業代請求を受けたら・・・勤怠データの利活用を

法律コラム

残業代請求を受けたら・・・勤怠データの利活用を



弁護士 幸尾 菜摘子

 

企業内のあらゆる制度・書類がDX化され、大量の情報がデータとして保存されています。勤怠管理も例外ではありません。勤怠管理のため、システムやアプリを導入されている企業も多く、近時の残業代未払請求では勤怠データが重要な証拠になっています。本稿では、勤怠データの位置付けと証拠として使用する場合の主要な争点等をご紹介します。

 

1 労働法上の義務としての勤怠データの生成・保管

使用者は労働者の労働時間を適正に把握する責務を負います。厚労省策定のガイドラインでは、始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法として、使用者自らが現認する方法と「タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録」を基礎として確認する方法が定められています。1かかる確認作業をシステム上で行うことも認められます。

また、使用者は労働時間に関する記録を3年間保存する義務を負っていますが(労働基準法109条)、システムで確認された労働時間の記録データ、いわゆる勤怠データは、「労働時間に関する重要な書類」に相当すると考えられていますので、別途書面で保存する必要はありません。2

 

2 残業代請求における活用

残業代請求において、勤怠データは、労働者側・使用者側双方にとって重要な証拠となります。残業代請求の消滅時効は3年で(労働基準法115条)、上記保存期間3年と対応することから、対象となる勤怠データは使用者側に保存されています。3

そこで、労働者から残業代請求を受けた場合、会社側は社内で保存されている勤怠データとの整合性を速やかに確認し、過大に残業時間が主張されている場合はこれを覆す反証として勤怠データの提出準備をする必要があります。

また、労働者から残業代請求に関連して勤怠データの任意開示を求められることも多いです。“任意”での開示であるものの、会社側が合理的理由なく開示を拒否すると、残業代未払があった場合に付加金請求まで認められることや不法行為による損害賠償責任が認められることもあるため、注意が必要です。

3 デジタル証拠としての利用と争点

勤怠データを証拠として提出する場合、対象データをプリントアウトするのが一般的です。訴訟や審判において、勤怠データそのものを、「準文書」(民事訴訟法231条、労働審判法17条2項)として提出することも可能ですが、その必要性や証拠調べの方法を検討する必要があります。

この点、デジタルデータは改ざん・改変が容易であるため、労働者から信用性を争われることがあります。このような場合、会社側から、①データの真正性や②他の客観的証拠との整合性を立証することが考えられます。

①データの真正性の立証では、改変が不可能であることや事後的な変更・削除は所定の社内手続により適正になされたものであることなどを立証します。立証方法としては、勤怠データの管理システムの仕様書や設計・作成者の陳述書を書証として提出することや、システム設計・作成者の尋問が考えられます。 その他、事後的な変更・削除については、外部業者に勤怠データのアクセスログ(追加・変更・閲覧等の電磁的記録)を書証化してもらったものを提出することも考えられます。

②客観的証拠との整合性の立証では、ICカードによる打刻時刻、労働者自身が作成した日報、オフィスビルへの入退館記録、パソコンのログイン・ログアウトの記録、メールの送受信履歴などの提出が考えられます。4かかる立証作業の対象となるデータが膨大である場合、専門業者にデジタル・フォレンジックス調査を依頼することも考えられます。会社側にとって作業時間短縮になることに加え、外部の専門業者作成の報告書であるため信用性が高いというメリットもあります。また、会社側の提出したデジタル・フォレンジックス業者の報告書が考慮され、労働者側による残業時間の主張が排斥された裁判例もあります。5

 

4 最後に

労働者から残業代請求を受けた場合、会社側はすみやかに対応する必要があります。特に、労働審判を申し立てられた場合、第1回期日で主要な反論を尽くす必要があるため、迅速性が要求されます。ご不明点がございましたら、弁護士にお気軽にご相談ください。6

 

 

1 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日策定)」

2 平成17年3月31日基発第0331014号通達

3 民法改正及び労働基準法改正により保存期間や消滅時効は5年に延長されましたが、経過措置により当分の間は3年となりました。今後のシステム設計や運用にあたっては、経過措置終了後のことも見据える必要があります。

4 特にICカード等の読み取りにより自動的に打刻がなされるシステムの場合、打刻により実労働時間が推認されるのが裁判例の趨勢であるため 、これと整合するシステム上の記録に高い証明力が認められます(佐々木宗啓ほか編著「類型別労働関係訴訟の実務」115頁(青林書院、2017))。

5 東京地判平成27 年6月1日(WestlawJapan)。同判決では、労働者遺族側が自宅でのPC 作業による残業を310 時間57 分と主張しましたが、会社側が提出した報告書(60 時間39 分と解析)が考慮され、労働者遺族側の主張が排斥されました。。

6 本稿作成にあたり、脚注で引用した他、高橋郁夫ほか「デジタル証拠の法律実務Q&A」(日本加除出版)を参照しました。