日本版司法取引について

法律コラム

日本版司法取引について



弁護士 鷹野 俊司

 

1.総論

昨年は、日本版司法取引といわれる制度が施行され、その適用事例が注目を集めました。

司法取引は、被疑者又は被告人が、検察官による捜査や訴追に対して協力を行うことにより、被疑者又は被告人の刑事処分について有利な取り扱いを受ける制度です。組織的な犯罪等の事案解明のためには、組織内の関係者から供述等の証拠を得ることが必要な場合が多くありますが、これまではその証拠を得る手段として、取調べに依存する傾向がありました。しかし、近時は、組織的な犯罪等において取調べにより供述を得ることが困難になってきていることや、供述を得るために無理な取調べが行われることに対する社会的非難も高まってきております。そのような背景の中で、取調べに過度に依存した捜査や公判のあり方を抜本的に見直し、証拠収集方法の適正化・多様化を図るための方策としてこの制度が導入されました。

司法取引には、①被疑者・被告人が他人の刑事事件の捜査・公判に協力することにより自己の刑事事件において有利な取り扱いを受けるものと、②被疑者・被告人が自身の犯罪を認め又は有罪の陳述をすることと引換えに自身の刑事手続において有利な取り扱いを受けるもの(自己負罪型といわれます)がありますが、今回わが国で導入されたのは①の類型のみです。②の自己負罪型の司法取引は、アメリカなどでは多く行われておりますが、これについては導入が見送られております。

 

2.対象となる犯罪

司法取引は、すべての犯罪に適用されるものではありません。対象となる犯罪は、一定の財政経済犯罪及び薬物銃器犯罪のうち、死刑または無期の懲役・禁固に当たらないものとされています。財政経済犯罪では、①刑法上の犯罪として、強制執行妨害の罪、文書偽造の罪、有価証券偽造の罪、支払用カード電磁的記録に関する罪、贈収賄関係の罪、詐欺及び恐喝の罪、横領の罪、②組織犯罪処罰法の罪として、組織的な強制執行妨害関係の罪、組織的な詐欺及び恐喝の罪、犯罪収益隠匿・収受関係の罪、そのほかに③租税に関する法律、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律又は金融商品取引法の罪その他の財政経済関係犯罪として政令で定めるものがあります。また④上記①ないし③の犯罪に関わる司法妨害の罪(犯人蔵匿、証拠隠滅、証人等威迫、証人等買収等)も対象となります。そして、薬物銃器犯罪としては、爆発物取締罰則、銃砲刀剣類所持等取締法、大麻取締法、覚せい剤取締法等々の違反行為が対象となります。

被疑者・被告人及び他人の刑事事件がともに上記の特定犯罪に係るものである必要があります。

 

3.被疑者・被告人の協力行為

被疑者・被告人は、他人の刑事事件について、検察官に協力行為を行うことによって、有利な取り扱いを受けることになります。その協力の方法は以下の通りです。①被疑者又は参考人取調べに際して真実の供述をすること、②法廷において証人として真実の証言をすること、③証拠の提出その他の必要な協力をすることであり、このうちのどれかを行うことが協力行為となります。

協力行為を行う被疑者・被告人には、個人だけでなく法人も含まれると解されています。わが国の刑事法上、犯罪を犯すのは自然人であり、法人自体が犯罪を犯すとは考えられていませんが、法人も両罰規定(法人の代表者や代理人等が犯罪を犯したときに、その行為者とともに法人を処罰する規定)により被疑者や被告人になることがあるからです。

 

4.検察官による処分の軽減等

検察官は、被疑者・被告人が協力行為を行う場合において、その証拠の重要性や関係する犯罪の軽重等の事情を考慮して、必要と認めるときに、被疑者・被告人と司法取引を行い、被疑者・被告人に対して有利な取り扱いを行うことになります。検察官としては、被疑者・被告人の刑事事件について、処分の軽減を行ってもなお、他人の刑事事件について協力を得る必要があるかどうかを検討した上、処分を行うことになります。

検察官の処分としては、被疑者に対して公訴を提起しない処分をしたり、即決裁判手続や略式手続などの簡易で法律上刑の上限が制限されている刑事手続を選択すること、被告人に対して公訴を取り消したり、公判手続において被告人に有利なように主張を変更したり、求刑意見を述べたりすることです。

 

5.合意の方法

合意をするかどうかを決めるための協議の段階から常に被疑者・被告人の弁護士が関与することが必要であり、合意が成立するためには、弁護人の同意が必要となります。そして合意が成立した場合には、検察官、被疑者・被告人及び弁護士が連署した書面でその内容を明らかにすることになります(合意内容書面)。この書面には、被疑者・被告人の事件及び他人の刑事事件を特定した上で、被疑者・被告人がなすべき協力行為および検察官が行うべき処分の軽減等の内容が記載されます。

合意内容書面は、被疑者が起訴された場合にはその公判手続の中で、他人の刑事事件において被疑者・被告人の供述が使用される場合等にはその公判手続の中で、取調請求がなされることになります。

 

6.司法取引に関する問題点

本件のような司法取引は、被疑者・被告人が、他人の刑事事件の捜査等に協力を行うことによって、自身の刑事処分について有利な取扱を受ける制度であるため、被疑者・被告人が虚偽の供述をして第三者を巻き込む危険性が強く指摘されております。

これに対応するために、合意に基づく供述等が他人の公判で用いられるときは、合意内容書面が当該他人や裁判所にも明らかにされる仕組みになっており、そして合意には必ず弁護士の立会が必要となり、また合意に反して捜査機関に虚偽の供述をした場合に刑事罰が科されることになっております。しかし、これが虚偽供述に対する十分な抑止力になるかどうかについては疑問も持たれております。本手続の運用に当たっては、十分に慎重な配慮が求められているところであります。