所有者不明土地の解消のための法整備について
弁護士 大髙 友一
○はじめに
土地や建物といった不動産は、原則として、不動産登記簿にその土地や建物の所在・面積のほか所有者の住所・氏名などが記載され、広く一般に公開されています。これにより、不動産の権利関係などの状況が誰にでもわかるようにして、取引の安全と円滑がはかられています。
しかし、最近、不動産登記簿を見ただけでは所有者が直ちに判明しないような土地や、所有者が判明しても所在が不明で連絡が付かない土地(いわゆる「所有者不明土地」)が増えています。国土交通省の調査(2017年)によれば全国の土地のうち所有者不明土地となっているものは22%にも上るものと推計されており、大きな社会問題の一つとなっています。
このような所有者不明土地の多くは、所有名義人がすでに死亡しているにもかかわらず相続登記がなされていないことにより生じているものといわれています。もちろん、相続登記がなされない事情は様々で、昔は長男が全て相続することを当然の前提としてあえて相続登記をしないようなケースもあったようですが、最近では相続人全員が遠方の地に居住していたりして誰も相続を希望しなかったために相続登記がなされず放置されているケースも少なくないようです。
所有名義人がすでに死亡していたとしても、その相続人の一人がその土地を現に利用しているような場合であればまだ良いのですが、誰も利用せず放置されているような場合には、これらの土地が公共事業等の対象となったときに買収等が円滑に進まないだけでなく、管理不十分により近隣に悪影響が生じていても誰に対応を求めれば良いか分からないというような様々な不都合が生じることとなります。このため、かねてからこのような問題に対処するための法制度の整備が求められていました。
そこで、今年の通常国会において、このような問題に対処するための関連法制度の整備を行う改正法等が成立しました。本稿では、その法整備の概要をご紹介します。
○不動産登記制度の見直し~相続登記等の義務化~
これまで、相続による所有権の取得を含め、不動産に関する権利変動があった場合でも当事者が登記をすることまでは義務とはされていませんでした。しかし、今回の改正により、相続により所有権を取得した者は、所有権取得を知った日から3年以内の登記申請が義務づけられることとなり、正当な理由なく登記申請を怠ったときは10万円以下の過料に処せられることになりました。この相続登記の義務化は改正法の施行前に相続があった場合にも適用があり、法施行後3年以内の相続登記申請が必要となります。
一方、これまで相続登記を行うにあたっての障害とされてきた様々な手続負担を軽減すべく、相続人が登記名義人の法定相続人である旨を申し出て、その旨を登記する制度(相続人申告登記制度)が導入されます。これは相続による所有権移転を登記するものではなく、あくまで申請人が表示名義人の相続人の一人であることを示すものに過ぎませんが、相続人全員での申請は不要となっており、連絡のつかない相続人がいるような場合であっても利用可能です。また、相続登記に伴う登録免許税の軽減を図ることも検討されています。
さらに、同じく義務とされていなかった登記名義人の住所変更登記についても、住所変更から2年以内の登記申請が義務づけられ、正当な理由なく登記申請を怠ったときは5万円以下の過料に処せられることになりました(また、相続登記と同様、法施行前の住所変更についても登記申請が義務化されます)。加えて、住民基本台帳ネットワークシステムや法人・商業登記システムとの連携により、登記官が自動的に職権で個人や法人の住所変更登記を行うシステムも導入されることになっています。
○相続土地国庫帰属制度の導入
相続登記がなされずに放置される土地が増加している原因の一つとして、相続人が相続した土地の利用を希望しないケースが増えていることが指摘されています。現在の法制度では不動産の所有権放棄は原則として認められていないので、このようなケースでは、結果として土地の管理不全につながりやすいところです。
そこで、相続または遺贈(相続人に対する遺贈に限られます)により取得した土地の所有権を国庫に帰属させることができる制度が創設されることになりました。もっとも、管理コストの転嫁や土地の管理をおろそかにするモラルハザードが生じないよう、
管理等を阻害する工作物等がある土地、土壌汚染等のある土地、崖地、管理関係に争いのある土地など、通常の管理処分にあたり過分の費用または労力を要する土地でないこと
10年分の土地管理費相当額の負担金を納めること
といった国庫帰属にあたっての一定の要件が設けられる予定です。
○所有者不明の土地の利用円滑化等を図る方策の導入
相続登記や住所変更登記がなされていないなどの事情により土地の所有名義人が行方不明となっているような場合、その土地の管理が不十分なため近隣に迷惑がかかっていたり、また近隣の土地所有者がその土地の取得を希望したりしても、現行法ではなかなか対処が困難であったのが現状でした。また、土地の共有者の一部や遺産分割未了の土地における相続人の一部に行方不明者がいる場合においても、同様の問題が生じうることが指摘されていました。そこで、民法を改正して、以下のような所有者不明の土地の利用円滑化等を図るための方策が導入されることになりました。
①土地・建物の管理制度の創設
これまで土地や建物の所有名義人が行方不明の場合、不在者財産管理人を選任して対応することが可能でした。しかし、不在者財産管理人にはその不在者の財産全ての管理が求められるため、ある土地や建物だけの管理を求めたいというような場合にはなかなか利用が難しい面がありました。そこで、個々の所有者不明土地・建物の管理に特化した新たな財産管理制度が創設されます。これにより、裁判所が管理人を選任し、裁判所の許可があれば、管理人において不動産を売却することも可能になります。また、所有者が判明していても、その所有者が土地・建物を管理せずに放置しているため、他人の権利を侵害するおそれがある場合にも管理人の選任を可能とする制度もあわせて創設されます。
②相隣関係規定の見直し
民法には隣接する土地相互間の利用関係を規律する相隣関係規定があり、例えば、土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができることになっています(民法209条)。しかし、これはあくまで隣地の使用を請求できる権利があるというだけで、隣地所有者が任意にこれに応じない場合には訴訟を提起しなければならず、隣地所有者が行方不明などの場合には、相当な手間を要することになります。そこで、あらかじめ通知を行うなどの一定の条件の下、隣地所有者の承諾等が得られなくても土地所有者の隣地使用を認める方向での改正がなされました。
このほか、電気や水道等のライフラインを自己の土地に引き込むための導管等の設備を他人の土地に設置する権利の明確化など、隣地の所有者が不明となっている状態に対応する仕組みの整備が行われます。
③不明共有者がいる場合における共有物利用の円滑化
を図る仕組みの整備
共有となっている不動産の利用や処分にあたっては、共有者全員の同意を得なければならない場合が多く、一人でも行方不明の共有者がいるとその不動産の利用や処分に事実上大きな制約が生じてしまうのが現状です。そこで、共有者の一部に行方不明者がいても、裁判所の関与の下で、不明共有者に対する公告等をした上で、残りの共有者の同意により共有物の変更行為や管理行為を可能とする制度が創設されることになりました。加えて、裁判所の関与の下で、不明共有者の持分の価額に相当する額の金銭を供託して不動産の共有関係を解消したり、不明共有者の持分も含めて第三者に譲渡したりすることができるようにする仕組みも創設されることになりました。
④遺産分割未了のままで長期間経過後の遺産分割の
見直し
遺産分割においては、他の相続人が得た贈与が特別受益に該当すると主張したり、自己に寄与分があると主張したりして、自己の取得すべき財産が法定相続分よりも多くなること(具体的相続分)を主張することが可能です。そして、現行法では、これらの主張に対する特段の期間制限はないため、遺産分割未了のまま長期間経過した後であっても、相続人はこのような特別受益や寄与分の主張をすることが可能とされています。
しかし、相続開始から長期間が経過すると、証拠が散逸するなどして他の相続人が反証等をすることは困難となるおそれもあり、このような場合にも特別受益や寄与分の主張を可能とすることは、相続人を不当に害するおそれがあります。そこで、相続開始から10年が経過したときは、原則として特別受益や寄与分の主張を認めないこととして、画一的な法定相続分で簡明に遺産分割を行う仕組みが創設されることになりました。
○おわりに
今回の法整備は、原則として、2023年4月までに施行されることになっています。ただし、相続登記の義務化は2024年4月までに、住所変更登記の義務化は2026年4月までに、それぞれ施行される予定です。
相続登記等の義務化は少し先の話にはなりますが、相続登記にあたって遺産分割協議を行わなければならないようなケースでは相続開始から時間が経てば経つほど相続人間の協議自体が困難になってくることも少なくないことから、相続登記等の義務化を見据えて早めに弁護士にご相談をされることをお勧めいたします。