国際紛争で仲裁を利用するための仲裁合意について

法律コラム

国際紛争で仲裁を利用するための仲裁合意について



弁護士 豊島 ひろ江

 

これまでの事務所報において、国際紛争解決手続としての仲裁手続をご紹介してきましたが、この仲裁手続を利用するためには、当事者間において仲裁合意があることが必須となります。今回は、国際取引契約の締結時に是非とも定めておくべき仲裁合意条項について基本的な考え方と日本商事仲裁協会(JCAA)のモデル条項を紹介いたします。

 

1 仲裁合意条項とは

( 1 )仲裁合意:仲裁判断に服する合意

仲裁合意とは、一定の法律関係に関する紛争の解決を仲裁手続によって解決する旨の合意、つまり第三者である仲裁人の判断(仲裁判断)に委ね、その判断に拘束される旨の合意をいいます。「仲裁により最終解決を図る」ことを明確に合意しておくことが必要となります。

 

( 2 )合意の時期:事前の合意

当事者は、紛争が生じた後に紛争解決方法の合意をすることは容易ではなく、仲裁合意がないと訴訟を提起せざるをえなくなります。裁判所で解決することが望ましくない場合も多く(執行不可能なリスク、裁判官による賄賂のリスク、公開リスク、非専門化リスクなど)、仲裁による解決を図るには、予め、取引契約書の中で合意しておくことがいわば必須といえます。

 

( 3 )仲裁合意の範囲

仲裁合意の対象は「一定の法律関係」として、ある程度の特定は必要ですが、たとえば「本契約に関して」というように「関連する」という用語を使うことで、特定しつつ範囲を限定しない文言が使われるのが一般的です。また、対象となる法律関係は仲裁可能性があることが求められます。日本の仲裁法では、和解をすることができる処分権限があることが仲裁可能性の前提としており、行政事件・刑事事件は該当せず、将来の個別労働紛争解決紛争も認められていません。

 

( 4 )仲裁合意の書面性

仲裁合意は、一般的に当事者全員が署名した文書が要件となっています。仲裁条項を含んだ契約書を合意することでこの書面性は満たされますが、合意の記録が提供されるのであれば電子メールによるものも認められます。

 

( 5 )簡潔かつ明解な文言

仲裁合意の条項は簡潔かつ明解であることが求められます。文言が曖昧であると仲裁条項がどのような場合に適用されるかの争いを残し、余計な紛争を生じさせるリスクになるからです。

 

2 仲裁合意で取り決める内容

( 1 )仲裁機関・仲裁規則の選択

どの仲裁機関、あるいはどの仲裁規則にしたがって仲裁手続を行うかを選択するにあたっては、当事者間の合意により、国際的に中立公正な著名な機関を選択することが期待されます。

もっとも、相手方当事者の中国や振興国の資産に強制執行をする可能性がある場合には、仲裁判断の執行可能性についても事前に配慮することが必要です。近時では現地の裁判所で仲裁判断に基づく執行が拒否される率は低くなっているとはいえ、事前の検討は必要でしょう。

執行可能性に問題が無い場合に、日本商事仲裁協会(JCAA)を選択できれば、JCAAでは不慣れな仲裁手続について日本語で質問をすることができます。JCAAのサービスは非常に手厚く、きめ細やかなサービスが期待できると言われています。

いずれの機関を選択するにしても、注意するべきは仲裁機関・仲裁規則の正式な名称を仲裁条項に間違いなく書くことも単純ですが重要です。この点、各仲裁機関が提供しているモデル条項を参考にすることが望ましいです。

 

( 2 )仲裁地の選択

過去の記事でも紹介したとおり「仲裁地」は法的な概念として、どの国の仲裁法により仲裁手続を規律するかを示すものであり、実際の審問を行う場所の概念である「審問地」とは別のものと考えられています。したがって、「仲裁地」を大阪(日本)としつつ、審問はシンガポールで行うということも可能です。「仲裁地」を大阪(日本)にしておくことは、仮に仲裁判断の取消が問題になる場合には、日本の仲裁法に基づき日本の裁判所での判断が前提となることから、日本企業にとっての負担は相当軽減され望ましいと考えられます。

 

( 3 )仲裁人の数

仲裁人の数は通常1人か3人となるのが一般的で、事後的に事件の規模や重大性に応じて合意されることが多く、仲裁条項に予め記載しない場合も少なくはありません。合意が無い場合には仲裁規則の定めによることになります。JCAAや国際商工会議所(ICC)の仲裁規則では単独仲裁が原則のため、3人の仲裁人の定めを予め合意しておくことが望ましい場合もあるかと思います。

 

3 仲裁条項の検討

( 1 )日本商事仲裁協会(JCAA)のモデル条項

仲裁条項を検討する上では、各仲裁機関が提供しているモデル仲裁条項を参考にするのが望ましいです。JCAAでも、さまざまなモデル条項が日本語、英語、中国語で用意されています1。JCAAの規則をもとに仲裁合意をする場合には、JCAAは3つの仲裁手続2を有しているため、どの規則を利用するかを明確にしておくべきです。以下のモデル条項は、商事仲裁規則を利用することを前提にしています。

 

この契約から又はこの契約に関連して生ずることがあるすべての紛争、論争又は意見の相違は、一般社団法人日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って仲裁により最終的に解決されるものとする。仲裁地は東京(日本)とする。

(JCAAのホームページより抜粋)

 

( 2 )クロス仲裁条項

以上のように、一般的には仲裁条項では1つの仲裁機関と仲裁地を合意します。しかし、異なる国籍の当事者の場合、いずれか1つの仲裁機関や仲裁地を合意できない場合の譲歩的な仲裁条項として、仲裁を申し立てる一方当事者が、相手国を仲裁地とする交差型の仲裁条項を合意する場合があります。この仲裁条項はクロス条項と言われたり被告地主義仲裁条項と言われたりします。このクロス条項であれば、相手方の仲裁地での仲裁の申立を回避しやすいというメリットもあります。JCAAでは、このクロス条項のモデル条項も提供しています。

 

この契約から又はこの契約に関連して、当事者の間に生ずることがあるすべての紛争、論争又は意見の相違は、仲裁により最終的に解決されるものとする。X(外国法人)が仲裁手続を開始するときは、一般社団法人日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に基づき仲裁を行い、仲裁地は(日本の都市名)とする。Y(日本法人)が仲裁手続を開始するときは、(仲裁機関の名称)の(仲裁規則の名称)に基づき仲裁を行い、仲裁地は(外国の都市名)とする。

(JCAAのホームページより抜粋)

 

( 3 )クロス仲裁条項の修正

もっとも、クロス条項のデメリットとしては、一報当事者が仲裁申立をしてきた場合に相手方が別途仲裁を申し立てるというように、複数の仲裁機関で複数の仲裁事件がかかってしまうリスクです。そこで、そのようなことを回避するために、JCAAのモデル条項では下記文言を追加することを提案し、クロス条項をより使いやすいものとしています。

 

当事者の一方が上記の地のうちの一においてその仲裁機関の規則に従って仲裁手続を開始した場合には、他方の当事者はその仲裁手続に排他的に服し、他の仲裁手続も訴訟手続も開始してはならない。その仲裁機関によって仲裁申立てが受領された時をもって、仲裁手続がいつ開始したかを決定する。

(JCAAのホームページより抜粋)