不正競争防止法の改正について

法律コラム

不正競争防止法の改正について



弁護士 鍵谷 文子

 

「不正競争防止法等の一部を改正する法律」が令和5年6月7日に成立しました。知的財産分野におけるデジタル化や国際化の進展などの環境変化をふまえ、不正競争防止法、商標法、意匠法、特許法、実用新案法、工業所有権特例法を改正する法律です。本記事では、不正競争防止法の主な改正内容についてご紹介します。

 

1 デジタル化に伴う事業活動の多様化をふまえたブランド・デザイン等の保護強化

⑴ デジタル空間における形態模倣行為の防止

不正競争防止法では、「他人の商品形態を模倣1した商品を提供する行為」(形態模倣行為)が不正競争の1つとされています(法2条1項3号)。もっとも、現行法では、有体物の商品の模倣が想定されており、デジタル空間上の模倣行為は想定されていませんでした。

昨今は、かつては想定されていなかったデジタル空間上の精巧な衣服や小物等の商品の経済取引が活発になっています。これをふまえ、改正法では、デジタル空間上での形態模倣行為も不正競争の対象とされることになりました。

この改正により、例えば、他人が販売する洋服をデジタル空間(メタバースなど)上で模倣して販売する行為も、不正競争として差止請求や損害賠償請求の対象となります。

⑵ 営業秘密・限定提供データの保護

①限定提供データの保護の拡充

限定提供データ保護制度は、いわゆるビッグデータ(地図データや消費動向データ等)を保護し安心して他者と共有・利活用できるようにする目的で平成30年改正により不正競争防止法に創設された制度です。限定提供データの不正な取得や使用等に対しては、差止請求などの対抗措置をとることができます。

現行法では、「限定提供データ」とは、①限定提供性(業として特定の者に提供する情報)、②相当蓄積性(電磁的方法で相当量蓄積)、③電磁的管理性(パスワード等でアクセス制限)の要件を満たす技術上又は営業上の情報で、「秘密として管理されているものを除く。」と定義されています(法2条7項)。

制度創設時は他者と共有するビッグデータは秘密管理されるものではないと想定していたため、秘密として管理されていない情報のみが保護の対象となっていたのです。

しかし、実際には、自社で秘密管理しているビッグデータでも他者に提供する場合もありえます。秘密管理している情報については「営業秘密」としての保護2も考えられますが、「営業秘密」として保護されるには非公知性の要件を満たす必要があり(法2条6項)、公知な情報については営業秘密としても限定提供データとしても保護を受けられない、という状況が生じていました。

そこで、今回の改正法では、限定提供データの対象を、秘密管理している情報にも拡充することとなりました。これにより、営業秘密と併せて一体的な情報管理ができるようになっています。

 

②損害賠償額算定規定の拡充

不正競争防止法では、「物を譲渡」することにより営業秘密等が侵害された被害者が侵害者に対して損害賠償請求を行う場合、損害額を原則として「侵害品の販売数量×被害者(営業秘密保有者)の1個当たりの利益」と推定して算定することができ(法5条1項)、被害者の立証責任が軽減されています。

一方で、現行法下では、被害者の生産・販売能力の超過分の損害額は否定されており、中小企業など生産能力等が限られる場合には損害額が限定される場合が生じていました。

改正法では、適切な損害回復を図る趣旨で、被害者の生産・販売能力を超過する分についてもライセンス料相当額を損害額に加えることができるようになりました。また、「物を譲渡」した場合だけでなく、データや役務を提供する場合にも上記算定規定が適用されることになっています。

 

 

出典:後掲「不正競争防止法等の一部を改正する法律【知財一括法】の概要」7頁

https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/r5kaisei06.pdf

 

③使用等の推定規定の拡充

営業秘密を使用された被害者が侵害者に対して損害賠償請求等を行う場合、被害者にとっては、侵害者(被告)が営業秘密を実際に使用していることを立証するのは非常に困難です。そこで、不正競争防止法では、①侵害者(被告)が営業秘密を不正取得したこと、及び、②侵害者(被告)がその営業秘密を使用すれば生産できる製品を生産していること、を立証すれば、侵害者(被告)がその営業秘密を使用したと推定することにより(法5条の2)、被害者の立証責任を軽減しています。この推定規定により、被告側が営業秘密を使用していないこと(独自の生産方法で生産したことなど)の立証責任を負うことになります。

ただし、現行法では、上記の推定規定の適用対象は、産業スパイ等の悪質性の高い者に限定されていました。

改正法では、近年のオープンイノベーションや雇用の流動化の状況をふまえ、推定規定の適用対象が、③元々営業秘密にアクセス権限のある者(元従業員、業務委託先等)や④不正な経緯を知らずに営業秘密を転得したがその経緯を事後的に知った者でも、悪質性が高い場合(営業秘密が記録された媒体等を許可なく複製等した場合や警告書が届いたこと等により不正な経緯を事後的に知ったにもかかわらず記録媒体を削除等しなかった場合など)にも拡充されました。

 

⑶ 商標のコンセント制度導入に伴う不正競争の適用除外

今回の改正では、商標法において、先行する登録商法の権利者が同意(コンセント)し、かつ、消費者に混同が生じる恐れがない場合には、商標の併存登録を認める制度(コンセント制度)が導入されました。

しかし、現行の不正競争防止法では、商標の併存登録に同意していても、形式上、相手側の商標の使用行為に対して、自社の商品表示と混同させる行為(周知表示混同惹起行為)又は著名表示を無断使用する行為(著名表示冒用行為)であり不正競争にあたるとして差止請求や損害賠償請求をなしうることになってしまいます。

そこで、商標法でのコンセント制度導入に伴い、改正不正競争防止法でも、類似した商標の登録に同意した両者が不正の目的でなく商標を使用している場合には、相手側の商標の使用杭を不正競争として扱わない(適用除外)ことが定められました(改正法19条)。

 

2 国際的な事業展開に関する制度整備

⑴ 外国公務員贈賄に対する罰則の強化・拡充

OECD外国公務員贈賄防止条約をより高い水準で的確に実施するため、罰則が強化・拡充されました(改正法21条、22条)。

①法定刑の引上げ(自然人:10年以下の懲役・3000万円以下の罰金、法人:10億円以下の罰金)

②海外での贈賄行為について、従業員の国籍を問わず処罰可能とする(現行法では外国人従業員による単独行為は対象外)。結果として、外国人従業員が所属する日本企業も両罰規定により処罰されうる。

 

⑵ 国際的な営業秘密侵害事案における手続の明確化

日本国内で事業を行う企業が日本国内で管理体制を敷いて管理している営業秘密に関する一定の民事訴訟について、海外での侵害行為についても、日本の裁判所で日本の不正競争防止法に基づき提訴できることが明確化されました(改正法19条の2)。日本の裁判所で日本語で提訴できますので、提訴のハードル自体は下がることになります。

 

3 「不正競争防止法等の一部を改正する法律」による不正競争防止法の主な改正点は以上のとおりです。

特に上記1の改正点は、スタートアップや中小の事業活動が多様化していることを意識して新たなブランド・デザインやデータ、知的財産の保護を強化することを狙いとしており、今後どのように適用・活用されていくのか、注目したいところです。

 

 

1 「模倣する」とは、他人の商品の形態に依拠して、これと実質的に同一の形態の商品を作り出すことをいいます(法2条5項)。

2 限定提供データの保護手段は民事上の対抗措置のみであるのに対し、営業秘密については民事上の差止請求や損害賠償請求だけでなく刑事罰も定められており、保護としては営業秘密のほうが充実しているといえます。

 

参照資料

経済産業省「不正競争防止法等の一部を改正する法律【知財一括法】の概要」

https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/r5kaisei01.pdf

経済産業政策局知的財産政策室、特許庁制度審議室「不正競争防止法等の一部を改正する法律【知財一括法】の概要」

https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/r5kaisei06.pdf