国際紛争をより簡易・迅速・安価に解決する方法―迅速仲裁手続について

法律コラム

国際紛争をより簡易・迅速・安価に解決する方法―迅速仲裁手続について



弁護士  豊島  ひろ江

 

前回の事務所報(vol.20)において、一般的な国際仲裁手続の流れをご説明いたしましたが、事件の審理期間は仲裁廷が成立してから仲裁判断がなされるまで、事件規模や事件の複雑性にもよりますが、1年から2年、複雑な場合には2年以上の期間がかかります。仲裁手続は、仲裁人報酬や当事者代理人報酬がタイムチャージ制でなされ、手続期間が長引けば費用も高額化しやすくなるため、紛争金額の低い事件については、より迅速で合理的な金額による仲裁手続が期待されます。そこで、国際的な仲裁機関は、一定の紛争規模の事件については、簡易仲裁手続/迅速仲裁手続を用意しています。

 

 

通常の仲裁事件における審理期間

 

国際的な仲裁機関の仲裁規則には、通常、仲裁判断を出すまでの審理期間に関する定めを置いています。たとえば、日本商事仲裁協会(JCAA)では、仲裁廷は、仲裁人として正式に選任されたとき(仲裁廷の成立)の日から9か月以内に仲裁判断をするよう努めなければならないと規定されています。同様に、国際商工会議所(ICC)の仲裁規則では 当事者が合意した仲裁判断を求める内容・争点等を記載した付託事項書(Terms of Reference:TOR)の署名日等から「6か月以内」に仲裁判断をだすことが求められています。これらは、仲裁人の努力義務とされたり、当事者の合意により延期することが可能であるため、事件の種類や規模によって長期化することもあります。

実際のところ、JCAAでは、仲裁廷が成立してから仲裁判断までの平均期間は12.8か月と公表されています(2011年から2020年の平均)。

 

仲裁事件にかかる費用

 

上記のような仲裁事件にかかる審理期間は、仲裁事件に要する費用にも影響します。仲裁事件にかかる費用は、

① 仲裁機関に支払う管理費用

② 仲裁人に支払う仲裁人報酬(及び交通宿泊費等実費)

③ 当事者の仲裁代理人弁護士に対する報酬(及び交通宿泊費等実費)

④ その他手続に要する費用(郵送費、鑑定費用、施設

利用料、通訳人・速記費用、翻訳費用など)

があります。これらのうち、②仲裁人報酬や、③仲裁代理人に対する報酬は、時間当たりの単価を設定し業務に要した時間をかけ合わせるタイムチャージ制となるのが一般的であり、事案内容の複雑さによりますが、手続に要する時間が長引けば報酬も高くなりがちです。

 

各仲裁機関の定める管理費用・仲裁人報酬の上限

 

世界の主要な仲裁機関では、①仲裁機関に支払う管理費用は、紛争の対象となる金額によって定められており、②仲裁人報酬についての決定方法も、基本的にはタイムチャージ制ですが、仲裁機関が独自に時間単価を定めたり、報酬の上限を設けるなどしています。

この点、主要な仲裁機関では仲裁人の数や係争額等の情報を入力することにより仲裁人の報酬を計算できるサイトが用意されています1。たとえば、JCAAの商事仲裁規則に基づく仲裁手続の場合、仲裁人の報酬は時間単価 5 万円(税抜)とされ、係争額に応じて報酬の上限が定められています。JCAAで、通常の商事仲裁規則に基づき、仲裁人3名で、1億円の係争事件の場合には、管理料金は1,300,000円(税抜)、仲裁人報酬上限として11,200,000円(税抜、交通費等実費含まず)、10億円の係争事件であれば管理料金は4,000,000円(税抜)、仲裁人報酬上限として33,600,000円(税抜、交通費等実費含まず)となっています。

なお、JCAAの統計によれば、仲裁にかかる費用の内訳としては、おおむね代理人報酬が約8割、仲裁人報酬費用が1割強とのことです。

 

簡易仲裁手続・迅速仲裁手続の導入

 

以上のように通常の仲裁手続には、相応の時間と費用がかかり、手続が長期化すると費用も高額化する傾向にあります。そのため、事案が複雑で高額な紛争金額の場合には、通常の仲裁手続で慎重な審理が期待される反面、紛争金額が比較的低額であり簡易な事案である場合には、より合理的な費用で迅速に処理したいという要望があります。

そこで、世界の各仲裁機関では、簡易仲裁手続ないしは迅速仲裁手続を導入し、通常の仲裁手続に比べて、簡易かつ迅速に仲裁手続が行われる制度を設けました。

具体的には、一定の紛争金額の場合に、原則1人の仲裁人により、短期間での仲裁判断を求める手続であり、それを実現可能にするために、当事者の主張や請求を制限したり、書面審理のみ、つまり証人尋問(ヒアリング)を行わないで仲裁判断をすることが可能な手続となります。

 

JCAAにおける迅速仲裁手続

 

たとえば、JCAAにおいては、請求額等の紛争金額が3億円以下の場合には、原則として、あるいは当事者の合意で迅速仲裁手続が適用されます。迅速仲裁手続では、原則として、仲裁人は1名となり、審問をせず、書面審理により仲裁手続を進めることになります。

もし、審問を行う場合であっても、仲裁廷は、ビデオ会議その他の適切な方法を選択して、審問の日数は可能な限り短い日数としなければなりません。

そして、仲裁廷は、原則として、仲裁廷が成立してから6か月以内に仲裁判断をしなければなりません。なお、紛争金額が5000万円以下の場合は、さらに期間は短く、3か月以内の仲裁判断が求められます。

これにより、たとえば、請求金額が1億円とすると、管理手数料は1,300,000円(税抜)と同じですが、仲裁人報酬については、仲裁人が1人となり、その上限は4,000,000円(税抜、実費含まず)となります。

このような迅速仲裁手続によれば、紛争金額により、仲裁判断を得られる期間が短縮し、審問等を回避することにより、代理人弁護士費用も減額されることになります。

 

海外の簡易仲裁手続

 

また、主要な海外の仲裁機関においても簡易仲裁手続が導入されています。

ICCでは、紛争金額が300万米ドル(約3.4億円)未満である場合には自動的に、あるいは当事者の合意により迅速手続が適用され、原則1人の仲裁人になります。両当事者が仲裁判断をもめる争点等を合意した文書である付託事項書(TOR)の作成は求められず簡易化され、仲裁廷と当事者の進行協議会(Case Management Conference)から6ヶ月以内に仲裁判断がなされることになります。証人尋問(ヒアリング)を行わないこともできます。

また、シンガポール国際仲裁機関(SIAC)でも、紛争金額が600万シンガポールドル(約5億円)未満である場合や当事者の合意により簡易手続を利用することができ、原則1人の仲裁人により、仲裁廷成立から6ヶ月以内に仲裁判断がなされ、証人尋問(ヒアリング)を行わないことが可能となっています。

 

 仲裁判断によらない和解による解決・国際調停

 

このように事件の規模によっては、簡易・迅速な仲裁手続を利用することにより、より迅速に、より合理的な費用で国際紛争を解決することが可能になります。さらに、最終的な仲裁判断によらずに、和解的な解決により紛争を解決する方法ももちろん可能です。

もっとも、裁判手続において裁判官が和解を勧告してくれるような制度は仲裁手続にはありません。したがって、当事者の主導により、仲裁手続外で、手続と並行して和解的な解決の可能性を探ったり、あるいは、別途、国際調停手続をとることにより、経験豊富な調停人の介入により和解的解決を図る方法をとる(このような仲裁手続の途中で調停手続を取ることを、Arb-Mid(仲裁―調停)というふうに呼んでいます。)ことにより、より迅速な、そして当事者の納得のいく解決を実現することが可能になります。当事者代理人ないしは仲裁人としては、多様な紛争解決の存在を知り、事件内容に応じて解決方法を模索することが必要であると思います。