「裁判を受ける権利」の重要性と危うさ

法律コラム

「裁判を受ける権利」の重要性と危うさ



弁護士 小林 由巳子

 

2025年5月、ニューヨーク州法曹協会(NYSBA)の弁護士メンバーが大阪弁護士会を訪問し、NY州弁護士と意見交換をする機会がありました。米国では、近時のトランプ政権が法の支配(Rule of Law)を危機に晒している問題が注目を浴びています。

 

この機会に「裁判を受ける権利」がいかに大切であり、また同時に脆いものかを改めて考えてみたいと思います。

 

日本でもアメリカでも、裁判を受けることは憲法上の権利として保障されていますが…

 

もしもあなたが国や自治体から不当な扱いを受け、救済を必要とするとき。あるいは、約束を守らない取引先に損害賠償を請求したいとき。どの弁護士もあなたの依頼を引き受けてくれなかったら、あなたの権利は本当に守られるでしょうか?

 

  1. 標的にされた法律事務所──トランプ政権の大統領令

2025年2月、トランプ大統領はアメリカの著名な法律事務所「Covington & Burling」に対し、大統領令を発令しました1。翌3月には「Perkins Coie」も名指しで標的となり2、たて続けに「Paul Weiss」や「Jenner & Block」など、複数の有名事務所が同様の措置を受けました。

 

これらの法律事務所がターゲットにされた背景には、トランプ氏による「個人的な報復」との見方があり、特に法曹界の人々に衝撃が広がりました。理由としては、以下のような点が挙げられています。

 

  • トランプ氏個人を起訴した検察官を支援していた
  • 連邦議会襲撃事件の捜査・起訴に協力していた
  • 民主党候補者らの選挙活動を支援していた

 

大統領令(EO14230)では、以下のような主張が並べられました。

 

  • 「これらの事務所は公正な選挙制度を脅かしている」
  • 「DEI(多様性・公平性・包摂)政策の名の下で、差別的な採用活動を行っている」

 

その上で、政府機関に対し、次のような対応を命じました(一部抜粋)。

 

  1. 法律事務所に政府の資産が提供されていないか調査する
  2. 政府と法律事務所との契約の見直し・解除などを検討する
  3. 採用実態が差別にあたらないか審査する
  4. 弁護士らの政府施設への立ち入りを禁止する

 

  1. 法律事務所の対応──「提訴」か「和解」か

標的となった事務所は、二者択一の対応を迫られました。一つは、大統領令を無効にするために裁判を起こすこと。もう一つは、トランプ政権と和解することです。

 

(1)和解した事例:Paul Weiss

大統領は2025年3月21日、Paul Weissと以下の内容を含む和解が成立したと発表しました3

 

  • 事務所の政治的スタンスを、クライアントの選定に持ち込まない
  • 弁護士の採用は、DEI政策ではなく「能力」に基づいて行う
  • 約4,000万ドル相当の無償法律サービス(プロボノ)を提供する

(例:退役軍人支援、司法制度改革、反ユダヤ主義対策など)

 

(2)勝訴した事例:Perkins Coie

 

一方、Perkins Coieは大統領令の差止めを求める裁判を起こし、2025年5月2日、ワシントンD.C.地方裁判所は大統領令が違憲であると判断しました4。主な理由は以下のとおりです。

 

  • 大統領令は特定の事務所の活動を狙い撃ちしており、弁護士やクライアントが自由に発言し、弁護士を雇う権利を侵害している

→ 憲法修正第1条(言論の自由)、第5・14条(平等権)に違反

  • クライアントが弁護士を雇って裁判を受ける権利の侵害、ならびに政府に批判的な活動を支援する弁護士が減る「萎縮効果」が懸念される

→ 憲法修正第5・6条(適正手続、弁護士を依頼する権利)にも違反

判決を下したHowell判事は、判決文で「過去に大統領が特定の法律事務所を標的にした前例はない」と前置きし、シェイクスピアの『ヘンリー六世 第2部』のセリフ

 

「まず最初に、弁護士を全員殺そう(The first thing we do, let’s kill all the lawyers.)」

 

を引用して、政権の姿勢を厳しく批判しました。これは、法の守護者を排除することが、専制への道を開くという意味を暗示していると言われています。

 

  1. 弁護士事務所が直面する厳しい現実

和解を選んでも、裁判に勝っても、事務所の reputational risk(評判低下のリスク)や顧客離れなどの経済的損失は避けられません。

 

また、今回の大統領令で対象になっていない法律事務所においても、政権と正面から対峙するリスクを勘案すれば、言動に萎縮効果が生じる可能性があることは想像に難くありません。

 

裁判を選んだ事務所には、政権に反対するクライアントからの依頼が急増しているとの報道もある一方で5、和解した事務所に対しては、自らを守れない弁護士がクライアントを守れるのかとの疑問から特にBig Techのクライアントから契約を解除されたり、優秀な弁護士の退職や移籍が進んだりと、深刻な問題がすでに現実のものとなっているようです6

 

  1. 日本への影響はあるのか──危機的状況への対策

アメリカほどの訴訟大国であっても、裁判を受ける権利の侵害が現実に生じたことには大変驚きました。法治国家では、個人や法人の権利は法律で守られており、話し合いで紛争解決できない場合には、弁護士の助けや裁判という選択肢が欠かせません。もしも「弁護士が萎縮して事件を引き受けてくれない」という社会になれば、私たちの「裁判を受ける権利」が保障されない可能性もあります。

 

また、緊急事態への対応が、その後の明暗を分けることもあります。今回の大統領令がそのまま日本に影響することはないとしても、想像しなかったような危機に直面したとき、何を最重要として対応するのか、シュミレーションしておくことは有用と思います。

米国留学中に見学した連邦最高裁判所の写真

 

 

1 Office of the Federal Register, National Archives and Records Administration, Memorandum on Suspension of Security Clearances and

Evaluation of Government Contracts (Feb. 25, 2025): https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/02/suspension-of-securityclearances-

and-evaluation-of-government-contracts/

2 Exec. Order No. 14230, Addressing Risks from Perkins Coie LLP (Mar. 11, 2025): https://www.whitehouse.gov/presidentialactions/

2025/03/addressing-risks-from-perkins-coie-llp/

3 Exec. Order No. 14244, Addressing Remedial Action by Paul Weiss (Mar. 21, 2025): https://www.whitehouse.gov/presidentialactions/

2025/03/addressing-remedial-action-by-paul-weiss/

4 PERKINS COIE LLP v. U.S. DEPARTMENT OF JUSTICE et al, (D.C. 2025). https://www.govinfo.gov/app/details/USCOURTS-dcd-1_25-cv-

00716/USCOURTS-dcd-1_25-cv-00716-2

5 Lemonides. A., Tracking the Lawsuits Against Trump’s Agenda, The New York Times (June 20, 2025).

https://www.nytimes.com/interactive/2025/us/trump-administration-lawsuits.html

6 Schmidt, M. S., Karen Dunn and Other Top Lawyers Depart Pau Weiss to Start Firm, The New York Times (May 23, 2025).

https://www.nytimes.com/2025/05/23/business/karen-dunn-paul-weiss-partners.html