刑の一部執行猶予制度について

法律コラム

刑の一部執行猶予制度について



弁護士 鎌田 祥平

 

1.はじめに

平成2861日に刑の一部執行猶予制度(以下、単に「一部執行猶予」といいます。)を導入する改正刑法及び薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律(以下「薬物法」といいます。)が施行されてから約2年半が経ちました。施行からの運用実績もある程度積み重なってきたところ、最近、一部執行猶予についての質問を受けることがあったので、この機会に刑の一部執行猶予制度について、この場をお借りして簡単に整理してみたいと思います。

なお、本稿中意見にわたる部分は小職の私見であることを念のため申し添えます。

 

2.制度の概要

一部執行猶予には、刑法上のものと薬物法上のものがあり、それぞれの概要は次のとおりです。

⑴ 刑法上の一部執行猶予

ア 対象者

刑法上の一部執行猶予の対象となるのは、①前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者(刑法27条の211号)、前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者(同2号)、前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者(同3号)です。及びは初入者、は準初入者といわれることがあります。なお、「初入者」とは、初めて刑事施設(刑務所)に入る者という意味です。

注意が必要なのは、後記の薬物法上の「薬物使用等の罪を犯した者」であっても、刑法上の一部執行猶予の対象者であれば、薬物法ではなく刑法の適用を受けることになるという点です。詳細は後述しますが、薬物法の適用を受けるのは、ほぼいわゆる累犯者(主に、懲役の執行を終わった日から5年以内に更に罪を犯した者のこと。)に限られます。

イ 刑期

対象者が、3年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受けた場合において、1年以上5年以下の期間、その刑の一部の執行を猶予することができるとされています(刑法27条の21項柱書)。一部の執行を猶予された刑については、そのうち執行が猶予されなかった部分(実刑部分)の期間をまず執行し、実刑部分の期間の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日から、その猶予(一部猶予)の期間が起算されます(同2項)。

ウ 要件

刑の一部の執行を猶予することができるのは、犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められるときです(刑法27条の2第1項柱書)。具体的には、犯情として犯行動機(計画性の有無等)や犯行態様、犯行の結果が、犯人の境遇その他の情状として、犯人の反省の程度や監督者の有無、被害感情等が考慮されることになります。

エ 保護観察(刑法27条の3

刑法上の一部執行猶予については、その猶予の期間中保護観察に付することができるとされており、保護観察を付するかどうかは任意的とされています。

⑵ 薬物法上の一部執行猶予

ア 対象者

薬物法上の一部執行猶予の対象となるのは、大麻、覚せい剤、麻薬等の規制薬物等(同法21項)の使用や単純所持等の罪(同2項の「薬物使用等の罪」)を犯した者であって、刑法上の一部執行猶予の対象者(初入者及び準初入者)以外の者です。すなわち、薬物使用等の罪を犯した者については、初入者及び準初入者に当たらない累犯者であっても、一部執行猶予の対象者となります(薬物使用等の罪とその他の罪が併合罪となる場合を含む。)。

薬物使用等の罪を犯した者のうち規制薬物に対する依存のある者については、刑事施設内における処遇(断薬を含む。)に引き続いて、社会内で継続的な治療やリハビリを行うことが再犯防止の上で効果的であることから、一部執行猶予の対象者にふさわしいものの、この種の犯罪者には前科を有する者が多く、刑法上の一部執行猶予の対象者に該当しないことが多い(累犯者が多い)ため、刑法の特則を定める例外法として薬物法が制定されました。

イ 刑期

刑期や刑の執行方法については薬物使用等の罪を犯した者に対しても刑法が適用されるため、刑法と同様です。

ウ 要件

薬物使用等の罪を犯した者について刑の一部の執行を猶予することができるのは、犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、刑事施設における処遇に引き続き社会内において規制薬物等に対する依存の改善に資する処遇を実施することが、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められるときです(薬物法3条)。刑法上の要件に、社会内処遇の必要性及び相当性が認められることという要件が加えられています。

エ 保護観察(薬物法4条)

薬物法上の一部執行猶予については、その猶予の期間中保護観察に付するとされており、保護観察を付することが必要的とされています。

 

3.運用状況

平成30年版犯罪白書によれば、平成29年の通常第一審における有期刑(懲役・禁錮)の科刑状況として、3年以下の実刑を言い渡された者の総数が44566人、そのうち一部執行猶予が付されたものは1503人であり、前記総数の約3%であったことが読み取れます。

一方で、同年における覚せい剤取締法違反及び大麻取締法違反の第一審において、3年以下の実刑(懲役に限る。)を言い渡された者のうち、一部執行猶予が付いたものの割合は、それぞれ29.6%(覚せい剤取締法違反)、16.3%(大麻取締法違反)であり、薬物犯罪については、相当数一部執行猶予が付されていることが見て取れます。

薬物使用等の罪を犯した者については、否認していて更生の意欲が全く見られないなどの特段の事情がない限り、犯罪の性質からして、薬物法上の一部執行猶予の要件を満たすことが多く、一部執行猶予は、薬物犯罪についてはほぼその運用が定着したといってよいのではないかと思われます。

 

4.おわりに

以上のとおり、いまだ薬物犯罪以外の犯罪については、一部執行猶予の適用例は少ない状況です。

また、一部執行猶予については、数か月(おおむね26か月)の猶予を得るために数年間(おおむね23年)の保護観察を受けることに対して、全部実刑よりかえって重いのではないかとの意見も散見されるように思います。

いずれにせよ、個別の事件について一部執行猶予を求めるか否かについては、被告人と十分に意思疎通を図った上で(あらかじめ被告人に一部執行猶予の概要を理解させておくことを含む。)、これを求める場合には、一部執行猶予の要件充足のために適切な情状立証に努めることが肝要です。