米国の職場(Workplace)におけるトランスジェンダー関連法

法律コラム

米国の職場(Workplace)におけるトランスジェンダー関連法



弁護士 小林 由巳子

はじめに

2023年、日本の最高裁でトランスジェンダーに関する2つの判決が出ました。1つは本事務所報で下迫田弁護士が紹介した経産省の判決、もう1つは戸籍上の性別変更手続に性転換手術を必要とする法律の違憲判決です。LGBTQの人々の権利向上や多様性尊重の声は、以前から米国の裁判や立法で取り上げられることが多く、米国の動向を知ることは今後の日本での動きを予測するうえでも有意義と考え、ここで紹介させていただきます。

 

1 連邦法の差別禁止規定

現在、アメリカでは連邦法(Title VII of the Civil Rights Act of 1964)で、職場における人種、肌の色、国籍、宗教、性別による差別的取扱を禁止しています。2020年、連邦最高裁は、ここでいう「性別」には性的指向や性自認が含まれる、つまりトランスジェンダーであることに基づく差別的取扱は禁止されるとの判決を出しました(Bostock v. Clayton County, Georgia, No. 17-1618, S. Ct. June 15, 2020)。この連邦法の規定は、連邦政府機関のみならず、州・地方政府や、民間企業(従業員15人以上)の雇用主にも適用されます。

 

2  トランスジェンダーのトイレ及び施設の使用についての

ガイドライン

そこで、連邦政府機関の雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)1及び労働安全衛生局(The Occupational Safety and Health Administration)2 では、すべての従業員が差別を受けることなく職務を遂行できる環境が確保されるよう、特にトランスジェンダーのトイレ使用(Bathroom Access)については、過去の裁判例等に基づいて次のようなガイドラインを公表しています。ここでは分かりやすく上記2つの内容をまとめて記載します(下線筆者)。

⑴ 雇用主が、従業員の性自認に対応する共用トイレへの平等なアクセスを拒否することは、性別を理由とする差別にあたる。

⑵ 雇用主は、従業員に対し、医療処置を受けること及びその証明書の提出を義務づけることはできない。

⑶ 雇用主が、トランスジェンダーの従業員に対し、一人用トイレ(他の従業員から隔離された施設)のみの使用を認めて共用トイレの使用を制限することは差別にあたる(ただし、雇用主はすべての従業員が一人用トイレを使用することを選択できるようにすることはできる)。

⑷ 特に、その従業員の職場から不適切に距離の離れたトイレや時間のかかる場所にあるトイレの使用に限定されないこと。

⑸ トランスジェンダー従業員のトイレ使用等について、他の従業員が不安を抱くなどのネガティブな感情を示したとしても、そのことによってトランスジェンダー従業員の共用トイレ使用の権利が制限されるべきではない。

日本の最高裁判決と比較すると、特に3(一人用トイレのみ認めて共用トイレを制限)と5(他の従業員が不安を示した場合にも共用トイレ使用は制限されない)の点は、日本よりもトランスジェンダー従業員の権利を擁護する内容になっています。

 

3 州立法の動向

前述したとおり、「職場(Workplace)」のトイレ使用に関する差別は連邦法により禁止されていますが、公立学校や州の施設等におけるトランスジェンダーの対応は各州によって異なるのが現状です。

The New York Timesの記事3によれば、2023年6月時点で、フロリダ州など保守的と言われるいくつかの州では、未成年のトランスジェンダーに対し、①ホルモン治療などメディカルケアを受けること、②スポーツ競技に出場すること、③同性愛者などについて教えること、を制限する法律の成立が相次いでいます。これらに加えて、④公立学校でトランスジェンダーの生徒が出生時に割り当てられた性別と異なるトイレを使用することを禁止した法律も、アラバマ州、テネシー州、ケンタッキー州など9つの州で成立しました。今後も保守的な有権者の声が大きな州では、性的マイノリティの人権は制限される傾向に向かうかもしれません。

 

おわりに

もともと少数者の人権は、多数者の意見によって制約されやすい性質のものです。今後の日本では、少なくとも日本の最高裁が示したように、皆が働きやすい職場、皆が自分らしく生きられる社会をどう実現するかが問われていくものと思われます。企業においても、優秀な人材を確保し、取引先や投資家から支持され、国際競争力を高めるうえで、ガイドラインの作成や施設利用方法の見直しなど、具体的な対応を始める時期にきているのではないでしょうか。

 

1 https://www.eeoc.gov/laws/guidance/fact-sheet-facilitybathroom-access-and-gender-identity

2 https://www.osha.gov/sites/default/files/publications/OSHA3795.pdf

3 Francesca Paris “See the States That Have Passed Laws Directed at Young Trans People” (June 5, 2023)

https://www.nytimes.com/2023/06/05/upshot/trans-laws-republicans-states.html?searchResultPosition=3