米国における発信者特定方法の概説
弁護士 堂山 健
1 はじめに
本コラムは、コラム執筆者の米国出向中の経験をもとに、米国における発信者特定方法の制度を紹介するものです。一見すると日本国内の案件であっても、米国の企業のサービスが関わっている場合、米国での証拠収集手続きを踏むことにより、投稿等の発信者の特定を大幅に進めることが可能な場合があります。以下は、その観点から、日本では馴染みのない米国の制度を、手続きの流れ等を中心に簡単に説明するものです。(ニュースレターVol.018(2020年8月発行)をWeb向けに改稿)
2 米国における発信者特定方法と利用可能性
日本よりは実名文化が根付いていると言われる米国ですが、それでも匿名の投稿もあれば、意図的に偽名を使う人間もおり、インターネット上の権利侵害(名誉毀損・著作権侵害となる投稿等)において、発信者(即ち、名誉毀損・著作権侵害等を行ったと推測される者)の特定(どこの誰か突き止めること)が困難であることは、日本と何ら変わりません。
まず、米国における発信者特定方法として一般的なものは二つあります。一つは①匿名訴訟(John Doe litigation)、もう一つは、②デジタルミレニアム著作権法召喚状(DMCA subpoena)です。さらに、渉外案件において利用可能な制度として、③国際司法共助があります。これらのいずれも、最終的には、米国の証拠開示手続(discovery)に基づき、裁判所にインターネット企業に対する召喚状(subpoena)を発行してもらうことを目的としています。
このうち、①匿名訴訟は、発信者を仮名として訴訟を提起[1]し、それを本案として、翻案の証拠開示手続の中で召喚状を発行してもらう方法です。しかし、匿名訴訟は日本の案件(日本人を日本語で誹謗中傷するSNS上の投稿)への利用は向いていません[2]。
このため、米国インターネット企業が関与する日本の案件について、米国の手続きの利用を検討する場合、著作権侵害については②、名誉毀損等については③の利用を検討していくことになります。
3 デジタルミレニアム著作権法(DMCA )にもとづく開示
デジタルミレニアム著作権法(特に、その第2章「オンライン著作権侵害責任制限法 Online Copyright Infringement Liability Limitation Act」)は、インターネット上で著作権を保護するとともに、インターネット企業の事業活動が過度に萎縮することを防ぐために、企業がサービスにおいて一定の措置を果たせば、責任を免責する米国連邦法です。同法はさまざまな特則を定めており、召喚状の発行についても、その要件を事実上緩和しています。この制度に基づき発行される召喚状を一般にDMCA Subpoenaと呼んでいます(以下では区別するため「DMCA召喚状」とします)。召喚状は、訴訟の中での証拠開示手続きの一貫であり、本来は訴訟の提起後に行います。しかし、DMCAは、例外的に、訴訟前の開示を可能としています。
この手続では、著作権等の侵害を受けた者(以下「申立人」)は、連邦裁判所書記官に(1)召喚状案(a proposed subpoena) (2)相手方に事前に送付した侵害通知書の写し(a copy of a DMCA takedown notification)(3)「米国著作権法上の権利を守ること以外に使用しない」旨の申立人の宣誓供述書(a sworn declaration)を提出すれば、DMCA召喚状の発布が認められます。この手続は、書面審査のみで、事前に相手方に通知されることもないため、申立書面の提出から発行までは相当迅速に処理されます[3]。
発行された召喚状は押印された状態で申立人(実務的には申立人代理人事務所)に返送され、申立人において開示を請求する相手方に送達します[4]。送達後、多くの場合は特段の異議なく(あるいは形式的な異議のみ出されて)、すみやかに開示が行われてきています。
4 国際司法共助に基づく開示
米国連邦法上、米国外の裁判の当事者は、国際司法共助として、連邦裁判所に証拠開示手続き(ディスカバリー)上の権限の発動を求めることができます。そのため、日本における紛争であっても、一定の要件を満たせば、かかる制度に基づき、米国内で証拠収集を行うことができます。これ自体は一般的な制度であり、収集できる証拠や対象となる紛争に一般的な制限はありません。そして、多くの著名なインターネット企業が米国に本拠を置いているため、米国裁判所の管轄内の私人であるとして、これらの企業から証拠収集が可能になります。
国際司法共助としての証拠開示手続きを利用するためには、まず(1)対象者が裁判所の管轄内に居ること、(2)外国裁判所での手続きのために用いられること、(3)申立人が利害関係人であることの3要件を満たす必要がありますが、これらは高いハードルではありません。しかし、発令にはさらに次の4要素が考慮されます[5]。
(1)開示の被請求者が外国裁判の当事者でないか
(2)外国裁判所が連邦裁判所の司法共助を受け入れるか
(3)証拠収集制限等を潜脱する意図がないか
(4)開示の範囲が相当か
これらは総合考慮されるものです。また、著作権紛争に限られ、書面も定式化されたDMCA召喚状手続きとは異なり、この手続きを利用する紛争は一様ではありません。そこで、裁判官が判断しやすいよう、申立人において、紛争に合わせて主張・立証を工夫しておく必要があります。日本の案件の発信者情報の開示に限っていえば、(1)から(3)の要件は問題となりにくく、かつ、(4)についても、適切に範囲を限定して申立を行うことで、現状のところ、認容される可能性は高いと言えます。ただし、いずれにしても、裁判所は相手方の意見を原則として聞かずに職権で判断します[6]ので、申立人が資料を準備し、積極的に立証していく必要があります。召喚状の送達等については、DMCA召喚状と基本的に違いはありません。
5.日米比較と実務家の対応
幸尾弁護士による過去のコラムでも取り上げられている通り、日本でも発信者情報開示は認められています。そのため、発信者情報開示を請求する場合、いずれの手続きを選択すべきかが、ひとつの問題となります。もちろん、片方にしか管轄がない場合は、その管轄のある方で行うことになります。しかし、管轄が両方にある場合、申立人とその代理人は、双方のメリット・デメリットを総合的に考慮する必要が出てきます。
筆者の意見としては、米国で手続きをとることの最大のメリットは、スピードであると思われます。外国での申立てには翻訳等の一定の手間がかかりますが、申立後の申立に対する判断は日本の裁判所に比べて圧倒的に早いと言えます。
他方、デメリットも、当然ながら存在します。
一つ目は、費用面の問題です。米国の手続きを選択した場合は、本案を担当する日本の弁護士が自ら米国での手続きを行うことは、あまり現実的ではありません(できる場合も非効率な場合が多いと思われます)。したがって、半ば必然的に米国の法律事務所の関与が必要となります。もちろん、日米いずれも弁護士費用の価格は統一されていないので、最終的な費用がいくらになるかは、どの法律事務所に依頼するかによって変わってきますが。しかし、一般に米国の方が弁護士費用の相場は高いというのは否定できない現象と思われます。
二つ目は、当事者が米国の訴訟法に、部分的とは言え、拘束されることです。日米の訴訟法の比較は、ニュースレターやコラムでは論じきれない大きなテーマです。そのため、詳細に立ち入って全てのリスクやデメリットを列挙することはできませんが、一つの具体例として、日本に比べて広い当事者適格や代理人資格、「法廷の友」制度などがある米国では、日本法の感覚では、想定外の“乱入”の可能性があることは指摘しておきたいと思われます。
例えば、ある巨大宗教団体が、同宗教に批判的な投稿の発信者をDMCA 召喚状により特定しようとしたところ、インターネット上の表現の自由を守るNGOである電子フロンティア財団(以下「EFF」)が手続きに介入し、裁判所に召喚状を取り消させたという事案があります[7]。EFF自体は投稿者でも掲示板運営者でもないので、日本法の感覚からすれば何ら参加資格が無いよう思えますが、米国法では参加が認められるのです(当該案件では、投稿者を明らかにしないまま、当該匿名投稿者の代理人としてEFFが手続きに参加しました)。このような“場外乱闘” は、あまり起きるものではありませんが、起きた場合は防戦の負担が生じるので、リスクとしては知っておいた方がよいと思われます。
なお、本コラム執筆時点では詳細が明らかにされていませんが、日本政府は発信者情報開示制度を改革する予定であると報道されています。米国ではこのような簡易・迅速な手続きが用意されていることからすると、仮処分を求める形の日本の現行制度は慎重すぎるのでは思われます。大胆な改革を期待したいところです。
[1] 発信者特定の場面に限らず、米国では訴訟提起の際に相手方不詳の場合は仮名(慣例的にJohn Doeとされる)で提起することが広く認められています。
[2] 匿名訴訟は、一旦、本案を提起するものです。日本の案件の場合、発信者は高い確率で日本在住の日本人であるため、日本で本案を再提起することが二度手間になります。また、米国法上の名誉毀損等の該当性について疎明が必要となります。このように匿名訴訟の日本の案件での使い勝手は良くありません。
[3] 裁判所の業務・証拠状況等に影響されないわけではないため、事前に予測することはできませんが、数日で発行されることもあり、日本の手続きとは比較にならないほど早く判断されています。
[4]これは DMCA特有の現象ではありません。米国には日本の「特別送達」に相当する制度がないため、送達は当事者の責任で行うことになっています。実際には送達を請け負う専門業者を利用するなどしますが、DMCA 召喚状の場合は被開示者に送達を争うインセンティブがないため、召喚状をスキャンしたPDFをメールで送ることで問題ない場合もあります。
[5] 各要件・要素の詳しい解説は、次の論文で確認できる。なお、同論文の著者は、筆者の出向先で先に勤務していた者であり、この手続きの「発明」に貢献した人の一人です。;◆SH2487◆企業法務フロンティア「米国ディスカバリーの活用――インターネット上の誹謗中傷の行為者特定を例に(上)」井上 拓(2019/04/17)https://www.shojihomu-portal.jp/article?articleId=8703145; ◆SH2505◆企業法務フロンティア「米国ディスカバリーの活用――インターネット上の誹謗中傷の行為者特定を例に(下)」井上 拓(2019/04/24)https://www.shojihomu-portal.jp/article?articleId=8706393
[6] ただし、DMCAの場合と異なり、定型化されているわけでないので、慎重な裁判官であれば、期日を開いて相手方を呼び出す場合もあります。なお、このため、一般的にDMCAの場合よりは審理に時間がかかります。
[7] 当該案件の詳細はEFFがウェブサイトで公表しています(https://www.eff.org/ja/cases/re-dmca-section-512h-subpoena-reddit-inc)