知的財産関連の業務-続・職務発明の今後-

法律コラム

知的財産関連の業務-続・職務発明の今後-



                (第1執筆)弁護士 朝倉      舞

(第2執筆)弁護士 長門 英悟

第1 特許法改正-職務発明制度見直しの概要-

平成27年特許法等の一部を改正する法律が、平成27年7月10日に公布されました。

1 改正法の概要

⑴ 発明者主義の一部修正(改正35条3項)

契約・勤務規則等の定めによりあらかじめ使用者等(企業等)に特許を受ける権利を取得させるように定めたとき特許を受ける権利は、その発生した時(発明が完成した時点)から使用者等に帰属(使用者原始帰属)

◇ 発明者主義の原則は維持:使用者主義の定めに改正されたものではないため、使用者原始帰属の定めがない限り、発明者である従業者等が特許を受ける権利を原始取得することは現行法と同じです。契約・勤務規則等によって定めた場合に限り、使用者が原始的に取得することを認める構造となりました。

⑵ 発明者の利益等(改正35条4項)

特許を受ける権利を使用者等に取得させた従業者等(発明者)が受けることのできる報酬:現行法は「相当の対価」(金銭と解されている)「相当の金銭その他の経済上の利益」すなわち「相当の利益」に変更。

◇ 多様な報酬内容が可能となりました。もっとも、経済的価値を有すると評価できるものである必要があり、例として、指針案では、ストックオプションの付与、昇進・昇格、留学の機会の付与等が挙げられています。

⑶ 経済産業大臣による指針の公表(改正35条6項)

使用者等と従業者等の間での上記「相当の利益」の内容を決定するため手続等につき、経済産業大臣が指針を定めて公表することを定めた規定が追加。

◇ 改正特許法35条5項(現行35条4項とほぼ同じ)では、「契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない。」とされています。この「不合理であると認められる」かについては、これまでも、その判断基準等につき問題となっており、とくに企業側からは、法的予測可能性がないといった意見も出ていました。そこで、使用者等及び従業者等が行うべき手続の種類と程度等を明確にし、特許法第35条第5項の規定により不合理であると認められる場合に係る法的予見可能性を高めることにより発明を奨励することを目的として、指針を定めることが法定されました。指針では、相当の利益の付与に関する基準案の協議、開示、相当の利益の内容決定に関しての意見の聴取等についてそれぞれ対象、方法、程度等につき定めるなどして、手続の適正性確保を図っています。このように、手続等についての指針を定めることにより、研究者・発明者側の発明に対するインセンティブも確保できると考えられています。

2 今後

改正法の施行(来年の4月を予定)により、使用者原始取得を選択する場合には、企業は従業者と新たな契約を締結するか、従業者が新たな就業規則等に合意する必要があると考えられます。そのため、指針内容も注視のうえ、各企業における準備・取組みが必要となります。

 

第2 平成27年7月30日知財高裁判決           弁護士 長門 英悟

本年7月、特許法35条に関し、注目すべき裁判例が出ましたのでご紹介します。本件は、平成16年の特許法改正後、初めての職務発明規程に基づく対価請求訴訟として注目されました。

1 事案の概要

本裁判例は、証券会社A社の従業員であったBが、証券取引所コンピュータに対する電子注文の際の遅延時間を縮小する方法等に関する職務発明を行い、同発明について特許を受ける権利をA社に承継させたとして、特許法(以下「略」)35条3項及び5項に基づき、A社に対して相当の対価の支払を求めた事件です。本件では、A社の職務発明規程により対価を支払うことの合理性が主たる争点として争われました。

なお、A社の職務発明規程に基づき上記発明に対する報奨金を算定すると、その金額は3万円でした。これに対して、Bは、当該発明規程に基づき対価を支払うことは不合理であるとして、本発明の対価として2億円を求めました。

2 裁判所の判断

本件について、裁判所は、35条4項が示す不合理性の判断要素(① 対価決定のための基準の策定に際しての従業者等との協議の状況、② 基準の開示の状況、③ 対価の額の算定についての従業者等からの意見聴取の状況、④ その他の事情)について検討した上、A社の職務発明規程により対価を支払うことは不合理と判断しました。具体的には、本件では、①BはA社が職務発明規程を策定した後に雇用された者であったが、Bが入社した際又はその後に、A社が職務発明規程に関して、Bと個別に協議を行ったり、その存在や内容をBに説明の上、了承等を得たことがなかったこと、②職務発明規程の一部が従業員に開示されていなかったこと、③職務発明規程には意見聴取、不服申立て等の手続が定められておらず、また、A社が個別にBに対して意見陳述の機会を付与したこともなかったこと等の事実が認定されました。そのうえで、裁判所は、A社職務発明規程に従って本件発明の対価を算定することは、Bにとっては、何ら自らの実質的関与のないままに相当対価が算定されてしまうとして、結論として、A社職務発明規程に基づいて本件発明に対して相当対価を支払わないとしたことは不合理であると判断しました。

3 この裁判例は、会社側が外形上職務発明規定を設けていても、それが従業員の実質的関与がない中で策定されたものである場合、裁判所から一刀両断に厳しい判断が下されることを示したものです。

研究開発等を行う企業は、今回の法改正により、職務発明規程の再整備が必要になると考えられますが、本裁判例は、従業員の関与のもと規程及び運用を整備する必要性を強く示唆しており、注目に値する裁判例であると考えられます。従業員にどの程度の関与を与えるべきかについては、改正35条6項に基づく指針によって明らかにされることになりますので、企業側としては、今後、同指針に示される基準等をしっかり確認のうえ、対応を進めていく必要があると考えられます。(なお、平成27年11月の時点で、特許庁HPにおいて、指針案が公表されておりますので、ご参照下さい。

https://www.jpo.go.jp/iken/pdf/151113_kaisei_tokkyohou/01.pdf