海外サーバーを使ったネットワーク型システムと国内特許権の抵触
弁護士 三木 剛
外国にあるサーバーから日本にあるユーザー端末にネットワークを介してデータが送受信されてシステムとして機能するネット上のサービスが日本のユーザーに提供されている場合、それが日本において特許登録されている物の発明の全ての構成要件を充足するのだとしても、実際にはサーバーが外国にあるのだから日本の特許権には抵触しないと判断されるのか。
この問題を検討する場合、その前提として理解が必要なのは、日本の特許権の効力は日本の領域内において認められ、外国の特許権の効力は当該外国の領域内において認められるという実質法上の属地主義の原則である。
現実に、特許を受ける権利を有する者が国外においても特許権の保護を求める場合、特許権の効力を及ぼしたい国を選択して特許出願等することが必要とされているので、ご理解いただきやすいと思われる。
比較の趣旨で、日本で物の発明が特許登録されている場合、その特許の構成要件を充足する例えば工業製品が外国で製造され、それを日本に輸入し、日本において使用、譲渡等するケースを考えたい(真正品の並行輸入の場合は検討から除く)。この場合、日本の特許法における当該特許の実施に該当する。外国で製造されていても、日本の特許権の物の発明の構成要件を充足する工業製品であれば、日本への輸入、日本における譲渡、使用等はその物の発明の特許権の実施に該当することになる。この場合は、当該工業製品が物理的に日本国内に存在するので、属地主義との関係で問題は生じない。
他方、ネットワークを介したサービスが外国にあるサーバーから日本にあるユーザー端末にデータを送受信して提供されている場合、日本の特許権の発明の構成要件においてはわざわざ日本国内にあるサーバーとは限定していないので、形式的には発明の構成要件を充足しているとは言えそうである。しかし、上述した属地主義の原則との関係で、直ちに特許権の侵害という結論にはならない。外国にあるサーバーから国内のユーザー端末にデータが送受信されるため、システムが外国と国内にまたがって存在するものと言え、属地主義との関係で、日本の特許権の抵触を認め得るのか問題となるからである。
この点、「コメント配信システム事件」という裁判例の1審(東京地裁令和4年3月24日判決)においては、属地主義の原則を根拠として、ネットワーク型システムという物の発明の実施行為である「生産」(特許法2条3項1号)について「特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべき」とした。そのうえで、米国内にサーバーが存在することから、日本国内の構成要素であるユーザー端末のみでは発明の全ての構成要件を充足しないため、日本国内で「生産」したものとは認められないと判断した。
しかし、控訴審(知財高裁特別部令和5年5月26日判決)*においては、サーバーが国外に存在する場合であっても、後述する事情を総合考慮して、ネットワーク型システムを新たに作りだす行為が、我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、「生産」に該当するとし、実際に、特許権の侵害を認めた。
控訴審判決は、当該システムを構成する要素の一部であるサーバーが国外に存在する場合に一律に特許権の抵触を否定すると、サーバーを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることになってしまって特許権の十分な保護を図れないこと、他方で、当該システムを構成する要素の一部であるユーザー端末が国内に存在する場合に一律に特許権の抵触を肯定すると特許権の過剰な保護となって経済活動に支障を生じることを指摘している。この二つの方向性はいずれも妥当ではないとされている。そこで、この二つの方向性の間で、どのような基準で特許権の抵触の有無を判断するべきかが問われている。
この控訴審判決は、以下の事情を総合考慮し、「当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるとき、特許法2条3項1号の「生産」に該当すると解するのが相当である」と判示している。要は、ネットワーク型システムでサーバーが国外に存在する場合でも、「当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるとき」があると解釈したものである。
そして、控訴審判決において、総合考慮すべきとされた事情は「当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等」である。
控訴審判決では、かかる事情は具体的には、「当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割」は、サーバーが国外に存在する事実関係において「生産」という実施行為が国内で行われたと肯定する方向で考慮されている。また、「当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響」は、日本の特許権の保護の必要性を肯定する方向で考慮されている。もちろん、事案によって、総合考慮される事情は「当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができ」ない方向性に働くこともあると思われる。
また、これらの考慮要素は例示列挙であり、異なる事案においては他の要素も考慮され得ると考えられている。
以上、ネットワーク型システムに関する物の発明に関して、属地主義の原則を緩やかに解釈したとされる裁判例をご紹介いたしました。
* 参考文献:Law and Technology No.102 p.58~、田村義之 WLJ判例コラム297号