クアラルンプールでの国際会議にて ~生成AIが司法制度に及ぼす影響~
弁護士 小林 由巳子
今回は2024年10月にマレーシアのクアラルンプールで行われたLAWASIA(ローエイシア)の年次総会で学んだことについてお話しします。
LAWASIAは1966年にオーストラリアで設立されたアジア太平洋地域の法律家団体で、日本の弁護士も数多く参加しており、年次総会では民事・家事・商事分野の部会や人権部会などが様々なテーマでセッションを行いました。
近時の国際会議では、特に生成AIやテクノロジーの進化についての議論が活発です。オーストラリアでは未成年者のSNS利用を制限する法案が物議を醸しており、弁護士業界においてもAIやテクノロジーの負の面を制御しながら有効利用するにはどうしたら良いかについて、とても関心が高まっています。
例えば、イギリスでは60%の巨大法律事務所・33%の中小法律事務所で生成AIツールが導入され、裁判所に提出する判例の検索や要約の作成などに用いられており、訓練を受けた弁護士によって運営されているそうです。特に英米などコモンローの地域では判例=法律なので精度の高い判例検索が欠かせないという事情も影響しているでしょう。
他方で、イギリスやシンガポールの弁護士によれば、生成AIが提供した実際の事件によく似た架空の判例が裁判に提出され問題となるケースや、裁判官の名前を引用した架空の法律論文も出てくるようになりました。非常に興味深かったのは、発表者の弁護士が、会場のスクリーンで聴衆に見せながらその場で生成AIを用いた証拠作りを見せてくれたことです。銀行ステートメントの金額書き換え、メッセージアプリの文章書き換え、怪我の写真の作成や、なんと我が子の声で「ママは嫌い、パパと一緒にいたい」などと言わせる録音データまで数分間で作成できるのですから、最近の技術の進歩には驚きを隠せません。
会場では、このような生成AIが生む様々な弊害についても指摘がされました。例えば、①偽造を暴くために当事者が時間とお金を浪費し、②正しい判例に基づいて議論をする機会を奪われ、③偽りの意見の著者として名前を引用された法律家の評判を毀損し、④誤った証拠により誤った事実認定がなされてしまうことなどです。これらの弊害は、最終的に法律専門家と司法制度に対する人々の懐疑心を生むことに繋がります。香港の弁護士の発表では、2023年に起きた生成AIによるディープフェイク書類を利用した金融機関に対する融資詐欺事件が脚光を浴び、2024年には香港弁護士会や裁判所がまとめた生成AIに関するガイドラインが紹介されました。なかでも「テクノロジーの最新情報を把握することは必須(essential)であり弁護士に求められる能力である」との締めくくりは自分のこととして心に残りました。
今回の国際会議では、セッションのほかにも、昨年大阪弁護士会を訪問してくれたマレーシア弁護士会メンバーとの再会や様々な地域の弁護士との交流があり、今後の業務や人生の幅を広げてくれる貴重な機会となりました。
これからも、適正な司法制度を維持しクライアントの利益を守るため、国内外で研鑽を積んでいきたいと思います。