事業承継をめぐる法律問題(円満な世代交代のために)

法律コラム

事業承継をめぐる法律問題(円満な世代交代のために)



弁護士 上田 倫史

 

1.はじめに

事業承継の問題は、中小企業の経営者にとって避けては通れない問題ではありますが、将来の事業承継に向けて、準備ができていない企業も少なくないように思います。これまでに弊事務所が取り扱った事業承継に関する案件でも、事前に十分な対策を行っていれば、後の紛争が回避できたと思われるケースが殆どです。

以下では、事業承継をめぐる法的な問題や事前の対策などについて、モデルケースを素材に紹介させていただきます。

 

2.モデルケースの考察

西天満商事株式会社(以下「西天満商事」といいます)は、創業者である上田小五郎さんが社長を務める年商約5億円、従業員10人の会社で、堅調な経営を続けてきました。小五郎社長には、既に亡くなった妻歩美さんとの間に、長男の新一さん、次男の平次さん、長女の蘭さんの3人の子どもがおり、新一さんと平次さんの2人は、西天満商事で働いています。

小五郎社長は、西天満商事の後継者は長男の新一さんだと公言しており、晩年は、新一さんを副社長に就かせ、社長としての業務の多くを新一さんに任せていました。新一さんは、明るい性格で人当たりも良く、従業員や取引先などからの評判も良好でした。他方で、次男の平次さんは、仕事には真面目なものの病気がちで、人付き合いは得意ではなく、西天満商事の経理を担当していました。また、長女の蘭さんは、結婚を機に西天満商事を退職していたのですが、小五郎社長は、蘭さん夫婦がマイホームを建てる際に、2000万円の資金援助を行っていました。

小五郎社長は、令和元年111日に亡くなりましたが、晩年、3人の子どもたちに対しては、「私が亡くなった後は、3人で協力しながら西天満商事を盛り上げてほしい。社長は新一に任せるから、平次のことは責任をもって面倒を見るように。蘭には以前2000万円を援助したことがあるけれども、蘭が困ったときにはもちろん助けてあげなさい。私個人の資産は少ないけれども、西天満商事には十分な蓄えがあるから、そのくらいは十分できるはずだ。」といった旨を何度も話していました。ただし、小五郎社長は、遺言書を作っていませんでした。

小五郎社長が亡くなった後は、新一さんが社長に就いて業務を始めていたのですが、仕事始めの令和216日、平次さんが蘭さんと一緒に会社に現れ、突然、「今度の西天満商事の株主総会をもって、兄さんには西天満商事を辞めてもらう。父さんが持っていた西天満商事の株式は、僕たち3人が3分の1ずつ相続で取得することになるけど、僕も蘭も、兄さんのやり方には不満だったから、2人で相談して兄さんには辞めてもらうことに決めたから」などと言われました。令和221日、西天満商事の株主総会が行われましたが、3人の子どもたちの間で話はまとまらず、結局新一さんは、株主総会で取締役を解任され、社長を退くことになりました。

(本ケースは全くの架空事例で、実在の人物・会社等とは一切関係ありません)

 

 

 

会社法によると、取締役などの役員の選任・解任は、株主総会の多数決で決するものとされています。このケースでは、小五郎社長が保有していた株式が相続により3人の子どもたちの共有となるため、平次さんや蘭さんとの間で話がまとまらなければ、新一さんは西天満商事の取締役を解任され、社長を続けることができなくなります。

このケースだと、長男の新一さんが社長を継ぐことが、父親の小五郎社長の意向にも合致しますし、従業員や取引先などとの関係でも混乱なく、一見すると最善なようにも思われます。しかしながら、取締役などの役員の選任・解任が株主総会の決議事項とされている以上、株主の過半数の理解が得られない限り、長男の新一さんが社長を継ぐことはできません。

もちろん、このケースでも、平次さんや蘭さんとの間で話がまとまり、新一さんにおいて50%超の株式を取得するなどできれば、新一さんは西天満商事の社長を続けることができそうです。もっとも、平次さんや蘭さんは、3分の1の法定相続分を有していますので、西天満商事の株式を含めた小五郎社長の遺産の中から、3分の1ずつを相続により取得できる立場にあります(この時、生前に蘭さんが受けた2000万円の資金援助は、特別受益として考慮されることになります)。西天満商事の会社規模や経営状態からすると、同社の評価額は数億円以上に上ることが予想されますので、仮に新一さんが西天満商事の全株式を取得しようとするのであれば、平次さんや蘭さんに対し、相当額の代償金を支払う必要がありそうです。また、このような親族間の内紛がひとたび起きてしまえば、従業員や取引先といった方々との関係でも、様々な影響が生じそうです。

 

3.どうすれば良かったか

(事業承継に向けた準備の例)

まず、小五郎社長がきちんと遺言を残しておけば、西天満商事がここまでの混乱に陥ることはありませんでした。小五郎社長は、口頭では自身の意向を明確にしていましたが、法的に有効な遺言を残すためには、法律上要求されている形式を備えた遺言書を作成しておく必要がありました。

また、遺言書の作成にあたっては、内容面でも、3人の子どもたちの公平感を考慮する必要があります。遺言の内容自体は、特段の制約がなく、全ての財産を特定の相続人に相続させることも可能ですが、このような遺言を残すと、他の相続人の遺留分を侵害しているとして、後に争いとなりやすいものです。このケースでは、3人の子どもたちに6分の1ずつの遺留分(3分の1の法定相続分の2分の1)がありますので、少なくとも平次さんと蘭さんのそれぞれに、全体の6分の1を超える財産を相続させておくことが望ましいと言えます。

ただし、このケースでは、小五郎社長の個人資産が少ないのに対して、西天満商事の評価額が高いため、そのままの状態で公平な相続を行おうとすれば、平次さんや蘭さんにも一定数の株式を相続させる必要がありそうです。経営の安定化という観点から言えば、株式が分散するのは好ましくなく、後継者の新一さんに集中させた方が望ましいですが、かかる要請と公平な相続を両立させようとすれば、西天満商事の資産を整理し、小五郎社長個人に取得させておくことが考えられます。他にも、西天満商事において種類株式を発行しておき、後継者以外の相続人には、議決権のない株式や、会社による株式の買取りが可能な株式を取得させる方法も考えられます。

他にも、小五郎社長や西天満商事においては、事業承継に向けて様々な準備ができたように思われますが、そのためには、会社の経営状況、保有資産の内訳、家族関係などを踏まえながら、多角的な検討を進めていく必要があります。これらの検討にあたっては、法的な観点もさることながら、相続税をはじめとする税務面の考慮も重要です。弊事務所でも、このような案件を扱う場合には、税理士などの専門家と適宜連携させていただいています。

中小企業を取り巻く環境は、それこそ千差万別かと思いますが、跡継ぎをめぐって親族間が不和となったり、従業員や取引先といった方々にご迷惑をお掛けすることは、誰しも望んでいないことと思います。経営者の皆さまにおかれましては、ぜひ一度、ご自身や会社の置かれている状況を一考いただければと思います。